世界の医学界で,もっとも信頼性・権威が高いのは下記の3誌です.
British Medical Journal (BMJ)
The Lancet
New England Journal of Medicine (NEJM)
今回,新型コロナウイルスに感染していたものの,まったく症状がなく本人も気づかないままに 他者に感染させてしまった実例が NEJMに掲載されました のでご紹介します.
抄訳
武漢から発生した新型コロナウイルスが世界中に拡散しつつあることから,医学関係者の注目を集めている.
既に2019年末に ウイルスの存在が確認されて以来,中国から他の国への伝染は増えており,疫学的様相は日々変化している.本報告は,アジアの域外で,患者の潜伏期間中に他者に感染させた例である.
33歳の健康なドイツ人ビジネスマン(=患者1;上図参照)は,2020年1月24日に 喉の痛み , 寒気 , 筋肉痛 を感じた. 翌25日,39.1℃の発熱があり,咳も始まった. しかし翌26日の夕方頃には症状も収まったので,1月27日に勤務に戻った.
[(患者1]の この症状が始まる前,彼は 1月20及び21日にミュンヘンで,中国のビジネスパートナー(女性)との会議に出席していた.
パートナーは上海に在住しており,1月19~22日にドイツを訪問していた.彼女はドイツ滞在中は感染症状はまったくなかったが,中国に帰国後体調が悪化し,1月26日にコロナウイルス陽性であることが確認された(=Index 患者;図参照).
1月27日,彼女は勤務先に コロナウイルス感染を報告した.ただちに接触者追跡が始められ,上記のドイツ人ビジネスマン(患者1)は,精密検査のため ミュンヘンの熱帯病医学センターに移された. 現時点[注:2020年1月末]では本人は熱もなく元気である.彼は,これまで慢性疾患にかかったこともなく,症状が出る前14日間に国外には行っていなかった.
2回の 鼻咽頭スワブ,及び 1回の喀痰サンプルを qRT-PCRで検査したところ,コロナウイルス陽性であった.qRT-PCR(*)の1月29日の追加検査からは,彼の痰から 10^8/mlという高濃度のウイルスが検出された.
(*) qRT-PCR = Quantitative Reverse-Transcriptase-Polymerase-chain-Reaction; ウイルスの迅速検査法
1月28日には,彼(患者1)の勤務先の同僚3名がウイルス陽性と判明した(=患者2,3,4;図参照). この3名中,中国人女性(Index 患者)と接触していたのは,患者2のみであり,患者3,患者4は,患者1とのみ接触があった. すべての患者は現在ミュンヘンの施設で隔離されている. 現在までのところ,すべての患者(1-4)は重症化する兆候は見られていない.
本症例は,アジア域外で感染が起こったものである.しかしながら,最初の患者(Index 患者)がまったく無症状の潜伏期間中に感染が起こったことに注目すべきである.
無症状の人が新型コロナウイルスの潜在的な感染源になりうるという事実は,現在の流行の伝染解析を根本から見直さなければならないことを意味する.
また, 回復期にある患者(患者1)の痰から高濃度のウイルスが検出されたことから,コロナウイルス感染から回復したとしても,さらに隔離延長する必要性をうかがわせる. ただし,この患者のqRT-PCRで検出されたコロナウイルスがどれくらいの活性を有しているのかは,ウイルス培養試験を行って評価されねばならない.
ミュンヘンの上記4名のドイツ人患者は,症状は中程度であり,医療機関で初期治療可能であった.医療機関の能力には上限があるので — 特にドイツ北部でのインフルエンザ流行期間には –,今回のような患者の治療を病院外で適切なガイドラインの基で行えるのかどうか,検討が必要である.
[以上 抄訳]
この事例の感染源となった中国人女性の行動記録が追加報告されていますので,この次の記事にて紹介予定です.
感想
以下は文献内容ではなく,しらねのぞるばの感想です.
報告本文にもあるように,この例のようにまったく症状がない人が他人に感染させ,さらに感染させられた人が別の人に二次感染させるというのであれば,特定の感染経路をとりあげて追跡しようにも,たちまちネズミ算になってしまうので不可能です.よって,Tree図として,つまり【線として】,感染を把握するのではなく,『この地域で感染が発生した』と,【面として】把握するしかないでしょう. もちろん,発熱や自覚症状だけを手掛かりにする現在の水際防止手段は,もはやほとんど意味がありません. それくらいならその膨大なエネルギーを他に振り向ける方がよほど賢明だと思います.
また,文中にもあるように,コロナウイルス感染者が回復して 一切症状がみられなくなっても,その人の痰から高濃度のウイルスが検出されたことには注目すべきでしょう.この痰に排出されたウイルスが,まだ感染能力を持つのかどうかは,今後の調査が必要ですが,しかし ひとつの例で「回復者からの再感染はみられなかった」というケースがあったとしても,それがすべての場合でそうであるかは, よほど大量のデータが蓄積されるまでは断定できないはずです.
[ドイツ感染例報告 追補に続く]
Source: しらねのぞるばの暴言ブログ
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