食事療法の迷走[7]1965年 基礎食と付加食

健康法

米国の Food Exchange System を参考にして,1965年に日本でも『食品交換表』第1版が作成されました.それ以降版を重ね,現在では第7版になっています.これは 文科省が5年ごとに改訂する『日本食品標準成分表』で,同じ食品でも栄養価が変わってきたのでデータを更新してきたという理由がほとんどです.

しかしそれ以外にも,当初の第1版と,現在の『食品交換表』第7版とでは,考え方そのものが大きく変わっています.このシリーズでは主としてそこに着目して検証していきます.

食品交換表 第1版の考え方

今では原本が見当たらず,国会図書館ですら閲覧できませんが,当時の序文だけは 最新の第7版にも掲載されています.

日本糖尿病学会では昭和38年4月以降,委員会をもうけ,[中略]糖尿病食品交換表を作成しました.
委員会ではこの糖尿病食品交換表を次の方針で作りました.

  • 簡単で使いやすい
  • いろいろの食習慣,環境の人が使える
  • 外食する時にも役立つ
  • 正しい食事の原則を理解するのに役立つ

食品交換表 初版序より
(C)日本糖尿病学会

これが基本方針です.おや?と思われた方もいるのではないでしょうか. 現在 食品交換表と言えば,総カロリーや,炭水化物・脂質・蛋白質の摂取割合がガチガチに定められていて,とてもじゃないが電卓なしには計算できません. 当時はそろばんはありましたが,もちろん電卓は高価なものでした[★].しかし,最初の食品交換表は上記序文の通り,割合 自由度の高いものだったので,さほど複雑ではありませんでした.

[★] 電卓といえば4,5万円以上が当たり前だった時代に,12,800円という驚異の低価格で CASIOがカシオミニを発売したのは1972年です.『答え 一発!』のCMが懐かしいですね.

(C) CASIO

食品交換表 第1版の実際

日本糖尿病学会が,当時 全国でバラバラに作られていた食品交換表の統一版を作成するにあたり,委員会で検討した記録が残っています.

  • 1)糖尿病患者のために作るもので,簡単でわかりやすく,誰にでも使いうるもの,また永続性のあるもの.
  • 2)栄養学的治療学的に合目的性を有すること,すなわち,
    • カロリーの制限
    • 糖質の制限
    • 糖質,たんぱく質,脂質のバランス
    • ビタミン,ミネラルの補給
  • 3)食品の選択を広くかつ容易にし,変化に富んだ食事ができるようにすること.
  • 4)外食するときにも役立つようにすること.
  • 5)経済的にも負担とならず,食習慣,環境に応じうるもの.

中山光重:食品交換表による糖尿病の食餌療法
糖尿病 第8巻 2号 71-75,1965年

こうして出来上がった第1版と現在の第7版とで,食品の分類を比較してみるとこうなります.

ほぼ同じですね.第1版で「肉類」の中に,「」があるのが時代を感じさせるくらいです.また第7版の表3で,『魚介』を筆頭にして,『肉』を最後に挙げているのが,やや作為を感じる程度です.

[注]第1版の『糖質』が現在では『炭水化物』に置き換えられていますが,これは「五訂 日本食品標準成分表」以降において,食物繊維を成分表示に独立させたためです.したがって食品交換表も第1~5版までは『糖質』ですが,第6版からは『炭水化物』としています.

この食品分類が変わっていないことを理由に,

食品交換表は最初から現在まで何も変わっていない

と説明する人は多いです.

しかし,現在とは大きく違うところがあります.

第1版の特徴

現在の第7版と大きく違う第1点,それは

『糖質・蛋白質・脂質のバランスと』は書かれていましたが,特にそのカロリー比率を指定していませんでした.

それよりも,血糖値を上げないために,また肥満とならないように,糖質とカロリーを制限すること,そして動物性食品が不足していた当時の日本人の平均的な栄養状態を考慮してミネラル・ビタミン不足を招かないようにする,というごく当たり前のコンセプトでした.

このことは,1965年当時の栄養調査から明らかになった日本人の平均的な食事構成(左)と,第1版食品交換表の推奨例(右)とを比較してみればわかります.

「みんなこんな食事をしているけれど,糖尿病の人はこれではいけないよ」と指摘することが目的だったのです. 当時の感覚では,「糖尿病の人間にこんな贅沢なもの(=肉と脂質が多い)を食わせるのか」という声が上がるほどだったのです.

しかし,このような比率になったのは理由があります.それが第2の相違点です.

『基礎食』という名前からわかるように,「1日に必要な最低の栄養素は必ず摂らなければならない」(=栄養失調になってはいけない),必須アミノ酸,必須脂肪酸,ミネラル・ビタミンまで含めて必要最低限量があるのだから,それは必ず摂ることが必要. この考えから,蛋白質・脂質の最低必要量を算出したのです. ですので,この最低必要限さえ満たせば,これで足りないカロリーは(基礎食に付加する分),自由にしてよいという考えでした.ですから,糖質・蛋白質・脂質を比率で指定するという考えがそもそもなかったのです.

この 基礎食[最低必要限厳守] + 付加部分[自由] という考えは,第2版以降にも引き継がれていきます.

第3の相違点は,

非常に簡素なものであった

ということです. 第1版はB5版 数十頁(現在の第7版はA4版 122頁)しかありません. こんなに頁数が少ないのは,現在のように多数の食品を網羅した大きな表や詳細な献立例を掲載していなかったからです. そこまでは不要という考えだったのでしょう. なぜなら,この第1版は,医師が患者一人一人を診て,その人に最適な食事療法を考える際の簡単なポケットデータ集として使われることを想定していたからです.

そして,以上のコンセプトは次の第2版以降でも引き継がれていきます.

[8]に続く

Source: しらねのぞるばの暴言ブログ

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