食事療法の迷走[29] アコード ショック

健康法
初代アコード
(C) HONDA

2008年 ACCORD ショック

2008年に世界の糖尿病医学界に激震が走りました. 俗にいう『アコード ショック』です.と言っても HONDAのアコードのことではありません.ACCORD(Action to Control Cardiovascular Risk in Diabetes)試験 の結果が発表されたのです.

N Engl J Med 2008; 358:2545-2559

ACCORD 試験とは

この記事にも書きましたように,DCCTと同じ考えから,徹底的に血糖コントロールを管理すれば,つまり血糖値やHbA1cを正常人と同程度に近づければ,合併症が正常人並に減らせるのではないか,を研究したものです.

ただし,DCCTと違うところは,DCCTが網膜症や腎症などの微小血管合併症抑制を目指したのに対して,ACCORDでは,その名前(Cardiovascular Risk)にかかげた通り,心疾患,つまり太い血管(大血管)にかかわる合併症の抑制を目指した点です. 微小血管合併症と大血管合併症,この二大合併症を抑制できれば,失明や死に至る糖尿病の合併症の大半をカバーできるからです.

研究のデザインは下の通りでした.目標レベルも非常に高く設定しました.ありとあらゆる手段を使って血糖値を正常レベル(HbA1c < 6.0%)にまで下げることを目標に,包括的強化療法(Comprehensive Intensive Therapy)を行いました. これでDCCTと同様の結果が出せれば糖尿病治療の転換点になるはずという大きな期待がかかっていたので,研究規模も 対象者1万人以上,期間は5年間と大規模なものでした.

試験途中で中止

しかし,この試験は3年半で急遽打ち切られました. 予想(期待)とは正反対の結果が得られたことが理由です.

血糖コントロールには成功していた

なぜ途中で打ち切られたのでしょうか? 研究報告を読むと,ACCORD試験(左)では,DCCT試験(右)と同様に,徹底した血糖管理を行う「強化療法」によって,当時の「通常療法」と比べて 明確に HbA1cを低下させることに成功していました.

合併症が減らない! むしろ増えてる!!

しかし,DCCTでは網膜症などの微小血管 合併症が劇的に低下した(右)のに対して,ACCORDでは減らないどころか,むしろ「強化療法」の方が大血管合併症(心疾患)による死亡率が有意に高くなってきた(左)のです.研究期間の途中でしたが,これでは継続できません.『死にやすくなる』治療法を強行するわけにはいかなかったからです.

何が原因だったのか

ACCORD試験は,途中打ち切りとなり,その後 なぜこのような結果になったのか,徹底的に解析されました. 当初は,強化療法群に低血糖イベントが多かったのでそれが原因ではないかとされていましたが,この解析論文によると;

BMJ. 2010; 340: b4909.

データを詳細に見ると強化療法群では『低血糖イベント』のなかった人の死亡率が、『低血糖イベント』があったとされる人の死亡率より高かったので,低血糖説は一応 否定されました.

ところが,話は再逆転します. ACCORD試験が実施された当時はまだCGMが普及していなかったので,この試験で言う『低血糖イベント』とは,本人又は周囲の申告/観察によって何らかの異常が発生した場合を『低血糖イベント』として記録するだけでした. つまり,無自覚の,特に夜間で無自覚の低血糖の場合は.ほとんどデータとして残らなかったのです. このことから,『低血糖が死亡率上昇の原因ではない』という結論になっていたのですが,

Diabetes Volume 63, May 2014

この論文によって 心血管疾患(CVD)既往のある糖尿病の人が夜間に低血糖を起こすと,たとえそれが無自覚のものであっても,徐脈や不整脈を高い頻度で起こしていることが報告されました. ACCORDの時代にはCGMが普及していなかったので,このような現象があることは見落とされていたのです. ACCORDではインスリン,薬を総動員してHbA1cを正常人レベルまで下げようとしたので,低血糖が夜間に頻発し「 Dead-In-Bed症候群」,すなわち睡眠中の突然死の確率を高めていたと考えられます.

HbA1cも万能ではない

この記事にも書きましたが,

2人の患者のHbA1cが同じ数値でも,2人の平均血糖値まで同じとは限らない

このことは,ACCORDの時代には強く認識されていませんでした.HbA1cと平均血糖値との関係は非常に個人差が大きく,HbA1c=7.0% であっても,人によって平均血糖値は 130~200と大きくバラついているのです.

患者の通院時の検査数値だけをみて,ただ闇雲に血糖値を下げようとする,当時は「HbA1cは下げれば下げるほどよい」だったのです(現在ではそんな医師はいないと信じていますが).

したがって,すべての対象者のHbA1cを6.0%未満にすることを目標とした このACCORD試験では,もうそれ以上血糖値を下げる必要のない人でも HbA1cが6.0%未満になるまで血糖降下薬を追加されていった可能性は大です.

結論

DCCTの場合は,それでも若い人ばかりでしたら,多少低血糖症状を起こしても無事ですみました. しかしこのACCORD試験の対象者は,既に一度心臓発作を起こしたことがあってリスクが高い 中年~高齢層でした(*)から,低血糖は,それが無自覚であったとしても,やはり致命的だったのです.

(*)しかも,ACCORDには肥満の人も含まれていました.BMI>=45の人は除外したとありますが,逆に言えば,BMIが45未満なら肥満の人も含まれていたことになります.一方DCCTの方は,対象者が若かったこともあり,肥満の人はほとんどいませんでした. 当時はBMIではなく,肥満率(理想体重=100%とする)で表示されていますが,DCCTの対象者全員の平均は 103-105%の肥満率でした.つまりDCCTの対象者には肥満の人はほとんどいなかったのです.

高血糖だけでなく,低血糖も 糖尿病患者の寿命を縮めてしまう

ACCORD試験の解析結果から,この教訓が世界に共有されました.

[30]に続く

Source: しらねのぞるばの暴言ブログ

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