「ゆるい」先生がいいです(笑)

内科医

 
 先日,当院に長らく通院されている中年の女性が定期受診され,近々事情にて遠方に転居するので,その地域の循環器科のクリニックをどこか紹介して欲しいと言われました.
 いくつか私の知っているクリニックを候補として挙げましたが,その患者さんいわく,「先生みたいに,“ゆるい”先生がいいです(笑)」とおっしゃるのです.
 ガイドラインやらエビデンスやらばかりを持ち出して厳しいことばかり言う医師はちょっと苦手です,ということでした.

 その患者さんは若い頃から血圧が結構高めとのこと,頭痛を主訴に当院へ来院された時は200近くもあり,すぐに降圧治療を開始しました.その後は降圧剤の助けも得て血圧は150から160くらいに低下しました.
 私はご本人の年齢や活動度,高血圧症治療のガイドラインなどを考えてもう少し下げることを提案したのですが,症状はすっかり軽快したしこれ以上低くすると気分が悪くなるとのことで,それ以上の降圧を望まれず,今に至ります.

 ご主人さんが事業をしておられ社会的地位も高く,身なりや物腰も丁寧で上品, インテリジェンスも高いこの女性は,私の説明もきちんと理解された上でご自身で選択したのです.

 高血圧症の治療ガイドラインでは,前期高齢者までは,135/85くらいまでは下げるべきだとされていますが,最近はそれが125/85とさらに厳しくなりました.もちろんこれは多くの大規模臨床試験などにより導き出されたものであり,脳梗塞など重篤な合併症を防止するにはこれくらい下げた方がよいということでしょう.
 ただ実際に患者さんたちと接している現場の人間としては,突然の基準値の変更は,製薬会社と学会がつるんでるんとちゃうの?なんて少しうがった考えが頭をもたげてしまいますし,お偉方に翻弄されているという感じも否めません.

 昨今の医療は,何かにつけてエビデンスだガイドラインだとかしましく,ガイドラインに沿った治療をしなければ,不測の事態が起きて訴訟になっても負けてしまうなどと脅されることさえあります.
 しかし,我々医師がいくらガイドラインに基づいた治療を提案しても,それを踏まえた上で最終的に選択するのは患者さん本人であるべきだと思います.

 医者の考えが絶対で患者さんの意見など全く受け入れられなかった一昔前とは違い,インターネットが発達したこのご時世,医療に関する情報は巷に溢れかえっていますし,自分自身の健康や,ひいては生き様そのものも自分で決めていく時代になりました.
 現代医療を何でもかんでも否定して,どんなガンも放置するに限るとか,血圧がどんなに高くても下げる必要はないとか,健康診断は有害無益だとか,薬は全く飲むなとかといった,某大学のK先生のような極端な意見は論外としても,我々医療従事者が,エビデンスやガイドラインばかりを金科玉条のごとく振りかざして一律,盲目的に押し付けるのもどうかと思うわけです.

 このご婦人も高血圧のガイドラインに従えは,まだまだ高く,医学的にはもっともっと下げた方がいいのでしよう.しかし結局は諸事勘案されて自分で選択されたわけですから,誰もそれ以上強要する理由はありません.

 医療の著しい進歩は人間の平均寿命を著しく伸ばしてきました.しかしそれは必然的に認知症だ骨粗鬆症だと加齢に伴う新しい病気が次々と出現することをも意味し,皮肉にも人間の健康を増進するはずの医療が介入すればするほど薬漬けや寝たきり状態の高齢者が増え,医療費も国家財政を脅かすほどになっています.いわゆるピンピンコロリなど夢のまた夢となってしまったわけです.

 昨今アドバンスケアプランニング(ACP)という言葉が盛んに提唱されています.これは「今後の治療・療養について患者・家族と医療従事者があらかじめ話し合う自発的なプロセス」と言うことですが,要は自分の生き様,死に様は自分が元気な時に自分でよく考えて決めておきなさい,ということです.
 今や,ただ医療を無条件に受け入れ,長生きすることが本当に幸せなのかどうか,誰しもが問い直すべき時代,そしてわれわれ医療者も,一人一人の考えを尊重して押し着せではなくオーダーメイドな医療を提供すべき時代になって来ているということでしょう.


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Source: Dr.OHKADO’s Blog

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