病院側への賠償命令確定 救急搬送、帰宅後に死亡
頭痛を訴えて長野県波田町(現松本市)の町立病院に救急搬送された男子生徒(当時13歳)が帰宅直後に死亡したのは、担当医が必要な検査を怠ったためだとして、横浜市の母親が病院側に計約7170万円の損害賠償を求めた訴訟で、最高裁第3小法廷は病院側の上告を退ける決定をした。松本市と担当医に計約3260万円の支払いを命じた二審判決が確定した。
医師は点滴をして帰宅させたが、生徒は同日、脳ヘルニアで死亡した。一審横浜地裁判決は請求を棄却したが、二審東京高裁判決は「医師がコンピューター断層撮影(CT)検査をしていれば、脳腫瘍に気付いて命を救えた可能性がある」と判断した。
2019年7月18日 共同通信社(一部、省略)
遺族側にも病院側にも主張があり、この症例の本当の状況というのは分かりません。
ただ、小児救急に携わる身として、このニュースはとても考えさせられました。
今回は、救急外来における頭痛診療について思うところを書きます。
(いつもにも増して、個人的な見解が多い記事です。ご了承ください)
慢性頭痛の診療ガイドライン2013
日本神経学会・日本頭痛学会の慢性頭痛の診療ガイドライン2013は、参考文献も多数ひいてあり、無料で全文読ることもあって、参照しやすいです。
「慢性頭痛」と書かれていますが、救急外来における「急性頭痛」についても触れられています。
特に「救命救急室での頭痛診療の手順はいかにあるべきか(p12)」がとても参考になります。
救命救急室での頭痛診療の手順はいかにあるべきか
まず生命に危険な頭痛をスクリーニングする。
慢性頭痛の診療ガイドライン2013 p12
生命に危険な頭痛を疑う所見として、同ガイドラインでは様々な記載があります。
たとえば、以下の項目です。
- 5歳以下または50歳以上
- 過去6か月以内の発症
- 5分以内に最強度に達する超急性の経過
- 非典型的な症状を伴う
- 頭痛とともに今までに経験したことがない症状が出現した
- 局所神経所見がある
- 神経症状の改善がない
- 発疹や頭部の圧痛、外傷、感染、高血圧がある
これらの項目は「なるほど」と思えるものが多いです。
しかし、小児科医としては「これってどういうこと?」と思う項目も含まれます。
たとえば、小児では感染症に伴ってアセトン血性嘔吐症から頭痛をきたす場合があります。
また、副鼻腔炎も感染症の一種ですが、小児の頭痛の原因として非常に多いです。
アセトン血性嘔吐症も副鼻腔炎は、通常は生命に危険はありません。
頭痛に感染症を伴えば「生命に危険な頭痛を疑う」というのは、小児科医としては抵抗があります。
他にも、手足口病のような発疹に頭痛が伴った場合、無菌性髄膜炎を疑って髄液検査をすることはあります。
ですが、頭部CTが必須だとは思えません。
また、頭痛というのは、全ての人が時々経験する症状です。
「過去6か月以内の発症」といっても、いつからの頭痛を含めていいのか不明瞭です。
もっとシンプルで使いやすいスクリーニングはないのでしょうか。
「最悪・増悪・突発」
一般外来を受診した頭痛患者を対象に、詳細な病歴聴取の前に、経験したことのない最悪の頭痛か(最悪)、増悪しているか(増悪)、突然発症か(突発)の三つの質問(簡易問診)を行い、得られた最終診断から危険な頭痛を選び出し、簡易問診との関連性を前向きに調査した。
対象患者264例中、危険な頭痛は7例で、内訳は髄膜炎が4例、クモ膜下出血が2例、脳腫瘍が1例であった。
危険でない頭痛は257例で、緊張型頭痛、副鼻腔炎、片頭痛が大半を占めた。
簡易問診を危険な頭痛と危険でない頭痛2群間で比較した結果、どの簡易問診項目も単独では危険な頭痛に対する陽性的中率は低く、「増悪」という問診が統計学的に意味のある質問であった。簡易問診の陽性該当数により陽性的中率を検討した結果、全て陰性の頭痛に危険な頭痛はみられなかった。
Usefulness of Three Simple Questions to Detect Red Flag Headaches in Outpatient Settings
日本頭痛学会誌2006 33巻1号 p30-33
「最悪・増悪・突発」という簡単な質問3つで、頭痛をスクリーニングする手法がありました。
これは慢性頭痛の診療ガイドライン2013にも紹介されています。
「最悪・増悪・突発」のいずれもに該当しない場合、生命に危険な頭痛を否定できるというのは、スクリーニングとして有用と感じます。
ただし、頭痛というのは主観的な症状です。
患者さん自身が表現できなければ、頭痛の程度を知ることはできません。
意識障害がある患者さんに対して「最悪・増悪・突発」の質問の答えは不正確となるでしょう。
救急外来で処置したあとにも意識障害が残存する場合は、「最悪・増悪・突発」を質問するのではなく、「神経症状の改善がない」に当てはまると考え、生命に危険な頭痛とを疑うべきだと思います(これは個人的な見解です)。
生命に危険な頭痛を疑ったときの検査
慶応義塾大学病院救急外来に1997年から1999年に受診した頭痛患者の8.1%がくも膜下出血だったと報告されています(日本頭痛学会誌2001 p4-5)。
頻度の多さ、緊急度の高さから、くも膜下出血を検出しやすい検査スケジュールを立てるべきでしょう。
頭部CT、頭部MRI(T2、FLAIR)、髄液検査が検査として考えられます。
頭部CTが陰性であっても、MRIや髄液検査でくも膜下出血を発見できたというケースは存在しますが、頭部CTの診断率は98-100%であることや、わが国では夜間であってもCTは撮影しやすいという利便性から、頭部CT検査がもっとも妥当だと思います(個人の見解です)。
「頭痛」がはっきりしない「生命に危険な頭痛」
小児科では、子どもの年齢によって「頭痛」という訴えがはっきりしない場合があります。
しかし「頭痛」の訴えがないからといって、脳腫瘍や脳出血が否定できるわけではありません。
つまり、「頭痛」がはっきりしない「生命に危険な頭痛」という自己矛盾を内包した構図が出来上がります。
主訴が「頭痛」であれば、「最悪・増悪・突発」のスクリーニングが役立つかもしれません。
ですが、主訴に「頭痛」がなければ、スクリーニングさえできません。
今回の記事は個人的な考えばかりで申し訳ないのですが、私は嘔吐とけいれんが大切な徴候だと感じます。
嘔吐もけいれんも自覚症状ではなく、周りからはっきり見える客観的な症状です。
たとえば、下痢のない嘔吐に対して、私はこう考えています。
意識レベル低下、けいれん、大泉門膨隆があれば頭蓋内圧亢進症、細菌性髄膜炎を鑑別に加え、小児科専門医に相談する。
小児科ファーストタッチ p44
また、無熱性けいれんに対しては、次のようなファーストタッチを記載しました。
低血糖、電解質異常(Na、Mg、Ca)、代謝異常、高血圧性脳症(急性腎炎)、不整脈(QT延長症候群、洞不全症候群)、脳の器質的疾患(出血、腫瘍)は迅速に鑑別可能である。
採血(Mg、Ca、アンモニア、静脈血液ガスを忘れずに)、尿検査、心電図、頭部CTを実施する。小児科ファーストタッチ p274
自分の本を引用しても記事の説得力は上がらないのですが、後出しではないという証拠として挙げておきます。
小児では、「頭痛」がはっきりしない「生命に危険な頭痛」があります。
そのすべてを見つけられるわけではないでしょうが、場合によっては嘔吐やけいれんから頭部CTを撮影し、脳出血や脳腫瘍の存在に気づける可能性があります。
雑感など
頭痛を主訴に救急外来を受診した264例中、クモ膜下出血2例、脳腫瘍1例でした。
慶応義塾大学の報告を併せると、頭痛で救急外来を受診する1.1-8.1%で「頭部CTを撮っておいてよかった」という事態になります。
この確率は私の中ではある確率と重なります。
それは、「小児の頭部打撲における外傷性脳損傷の確率1.4%」です。
子どもが頭を打ったとき、頭部CTを撮影するかどうかについては、以前記事に書きました。
小児の頭部打撲患者のうち、臨床的に意義のある外傷性脳損傷は1.4%でした。
これは、「忙しくて問診も診察もできませんが、子どもの頭部外傷であればまあ大丈夫でしょう」という小児科医としては不適格なアドバイスをしても98.6%で当たってしまうことを意味します。
2歳以上のPECARNの陰性的中率は99.98%です。
PECARNに該当する患者さんだけ頭部CTをすれば、ほとんど見落としなく、CTが必要な症例を絞れます。
ですが、陰性的中率99.98%でも5000人に1人は見逃してしまいます。
100%にしようと思えば、全例CTとなるしかありません。
ですが、全例CTは不要な被爆を増やしますので、実際にはできません。
ここが医学の限界と割り切るしかないのではないか、という個人的な思いもあります。
頭痛におけるCT撮るか撮らないか問題は、頭部打撲におけるとCT撮るか撮らないか問題と重なってみえます。
「神経内科では初発の頭痛はまず出血疑いで、単純CTと腰椎穿刺を行うのがセオリーのはずですよ」
「時間と資源の無駄遣いですよ! レアケースを見つけるためにCTの全例実施なんて頭が悪いにも程がある!」
初発の頭痛は全例CT、というのも一つの方法なんだと思います。
頭が悪いにも程がある、というのは言い過ぎだと思います。
ですが、「最悪・増悪・突発」というスクリーニングをまずはして、該当者だけCTというのも、無駄な被爆を減らせてよいと思います。
(神経内科を受診する、という時点で開業医の先生方による十分なスクリーニングがなされているという考え方もできます)
また、頭部CTをすれば、髄液検査をすれば、すべてのくも膜下出血を見つけられるわけではありません。
では全例にMRIを撮るのか、という議論になってしまいます。
どこに医学的な限界があるのか、深く考えさせられるニュースでした。
Source: 笑顔が好き。
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