立憲民主党の岡田克也幹事長は14日、ウクライナ情勢をめぐる原口一博元総務相の動画投稿サイト「ユーチューブ」における発信に問題があるとして、口頭で注意を行ったとの声明を発表した。
原口氏は番組で「日本はネオナチ政権の後ろにいるんだって」などと主張。在日ウクライナ大使館は原口氏の発言をめぐり、X(旧ツイッター)で「強い懸念を表するとともに、日本国会によるウクライナ支持決議に相違するものとして、絶対に受け入れません」と不満を表明している。
岡田氏の声明は次の通り
「原口衆議院議員の発言の中には、『日本はネオナチ政権の後ろにいるんだって』との表現がある。本人に確認したところ、ウクライナがネオナチだとロシアが言っているとの趣旨であったとの説明があったが、ウクライナがネオナチ政権であると発言したと誤解されかねないとの指摘もある。なお、既に発言を含む動画は本人により削除されている。議員個人には、発言の自由が認められるとしても、上記発言は重大な誤解を招きかねない不適切なものであり、今後繰り返されることのないよう口頭で注意を行った」
2016年7月初め、キエフ市議会はモスクワ通りを「ステパン=バンデラ通り」と改名することに決めた。
激しい論争の的となったウクライナ人のナショナリスト、ステパン・バンデラ(1909〜1959年)の名前から取ったものだ。ソ連の支配に抗った「英雄」である彼は、ナチスによって少しの間捕まったものの、1941年6月と1944年の終わり頃には彼らの味方にもなった。こうした名称変更の実施は2015年5月に作られた「脱共産主義法」の枠組みにおいて発表されたが、その狙いは、忍び寄るロシア政府の黒い影とソ連時代の遺産を退けることだった。このキエフ市議会の決定によって、国境の反対側に位置するポーランドでは、いくつかの苦い記憶が呼び起こされている。
7月22日、ポーランド議会側は1943年に生じたヴォルィーニの大虐殺を「民族浄化」、「ジェノサイド」と規定する法律を圧倒的多数で可決した。
今日においてウクライナ北西部に位置しているこの地域では、第二次世界大戦中に4万人から10万人のポーランド人が命を落とした。ポーランド議会によれば、彼らは「ウクライナ人のナショナリストたちによって無惨に殺された」という。
この大虐殺の当事者はステパン・バンデラが創設したウクライナ蜂起軍(UPA)の戦闘員たちに他ならなかった。UPAは今日、国家の独立のために戦ったとしてウクライナにおいて称賛されている。
しかし、この軍はユダヤ人とポーランド人を虐殺した罪に問われたと同時に、一定の期間、みずから進んでナチスドイツにも協力した。
1928年にウクライナ軍事組織(英語版、ポーランド語版、ロシア語版、ウクライナ語版)(UVO)の一員となり、1929年にウクライナ民族主義者組織(OUN)に入党した。
1931年にOUNの西ウクライナ支部の幹部に入り、1932年に同部の副幹事長に選ばれ、1933年に幹事長となった。
ポーランド政府が西ウクライナで行った同化政策とウクライナ人の弾圧への対抗を唱えた。
1935年にポーランドの警察により、前年6月15日のブロニスワフ・ピエラツキ(Bronisław Pieracki)内務大臣暗殺事件に関与した容疑で逮捕され、1936年にワルシャワ裁判とリヴィウ裁判において死刑判決を受けたが、終身刑に減刑された。
1936年から1939年にかけてワルシャワの刑務所「聖十字架」に収容されていた。
第二次世界大戦がきっかけで、1939年にポーランド第二共和国が滅亡すると、ドイツ軍によって解放され、OUNの幹部に戻ってOUNの中でのリーダーとなった。
1941年4月に第2ウクライナ民族主義者組織大会においてOUNの総裁に選ばれ、当初は「敵の敵は味方」論からウクライナを管轄下に置いていたソ連からの解放軍と認識し、独ソ戦争直前はドイツ側を支持した。
バンデラはウクライナ国家再生宣言を執筆し、宣言は1941年6月30日にドイツ軍に占領されたリヴィウでヤロスラフ・ステツコによって読み上げられた。
しかしドイツはこの宣言を認めず、バンデラは7月5日にドイツ占領当局によって軟禁された後にザクセンハウゼン強制収容所に送られた。
その出来事によってウクライナにおける対ソ対独双方と戦う象徴となった。
1944年9月のベルリンの獄中でバンデーラは反ソ連武力闘争の指導を提案されたが、ナチス・ドイツとの協力を拒否した。
連合軍によってウクライナはドイツ支配下からは解放されたが、ソ連に再占領されたためにウクライナへ戻れず、ドイツ南部へ移住した。
1952年にOUNの幹部を離れたが、西ウクライナでソ連軍に抵抗を続けていたウクライナ蜂起軍の司令部と連携をとった。1956年から1959年にかけて海外のOUNの活動を管理した。1959年10月15日に西ドイツのミュンヘンでソ連のKGBスパイ、ボグダン・スタシンスキーによって暗殺された。彼の墓はミュンヘンにある。
まぁ経歴をよく見れば、、
ステパン・バンデラ本人はネオナチでは無いと言えますね。
民族主義者です。
バンデラ主義、、って言葉が、、
色々な意味に解釈されて都合よく使われていて悲劇も起きているということです。
ただ、、
双方の発表は、、、
プロパガンダの応酬、、
本当の事はわからないですね。
それが国際政治でしょう。
ただ、原口一博が話すことは信用できない、、という「一点」は確かかもです。
Source: 身体軸ラボ シーズン2
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