昨年後半から,咳止め薬が全国的に不足する事態が続いています.
この季節,咳が止まらず来院する人は毎日のようにいるのに,処方できる薬そのものが限定されており,申し訳ない思いではありますが,どうしようもありません.納得していただくために患者さんに説明・謝罪する日々が続いています.
咳止め薬不足の最大の理由は,需要の激増です.
昨夏のコロナ禍の行動制限の解除以降,長いマスク生活により落ちてしまった免疫力の低下により,コロナはもちろん,季節外れのインフルエンザや小児を中心とした呼吸器感染症が激増し,そのまま秋から冬に突入して気管支喘息や通常の風邪の流行が追い打ちをかけ,供給が追いつかないということが原因のようです.
しかし,実は薬剤不足は咳止めだけに限りません.呼吸器とは関係のない薬剤も,内服薬のみならず注射薬も生産や出荷制限が相次いでいます.当院で行なっている点滴注射治療に使う薬剤も内容を変更したり代替品を探したりしていますが,患者さんの希望に添えず回数や投与量を制限せざるを得ないことが頻繁です.
この原因の一つが,昨今話題になっている,複数の大手ジェネリック薬品会社の品質に関わる不祥事問題です.行政処分により出荷停止になった薬品が数多く出てしまい,またそれにより他の製薬会社へもドミノ倒し的に大きなしわ寄せが来ているようです.
また日本の製薬会社は従来から原料の多くを海外からの輸入に頼っているため,昨今の不安定な海外情勢が露骨に影響してしまっているようです.原料の8割を中国からの輸入に頼る漢方も影響が大きく,特に今は呼吸器感染症で使用される漢方の不足が顕著なのはいうまでもありません.
さらに,昨今の物価高騰に加え,厚労省の医療費抑制対策で毎年のように薬価が下げられてしまうために,採算の取れない薬を製薬会社が作らなくなったことも原因です.
政府はこの事態に危機感を抱いたのか,とにかく国内で薬を増産するように尻を叩いているようですが,製薬会社にとっても,急に原料の調達を国内にシフトしたり,生産ラインを増やしたりすることなど,そう簡単に出来ようはずもありません.
先発品の会社とて,ジェネリック薬品が出回ってしまえば当然生産体制を縮小してしまうわけですから,それをまた作れ作れと言われても,あまりにも身勝手な話にしか聞こえないと言うことです.
コロナ禍が始まった頃,我が国にはワクチンはおろか,マスクや防護具さえ不足して結局ほとんど輸入に頼らざるを得ない状態で,周回遅れのデジタル化と合わせてこの国がいかに他国に依存しているか,いかに危機管理意識が乏しいかということが露呈されてしまいました.
そして今,薬局や医療機関を訪れさえすれば当然のように手に入るはずのごくありふれた医薬品さえ入手困難になるという,前代未聞なことが起こっているわけです.
水道を捻れば水が出てその水が飲める,スイッチを押せば電気やガスがつく,交通機関は時刻表通りに走る,全国津々浦々どこへ行っても日常生活に必要なものはおおよそ容易に手に入る,安い自己負担でほぼ望んだ医療が受けられる,警察や消防や司法や自衛隊がきちんと国や生活の安全を守ってくれている‥‥‥
私たちは,こんなごく当たり前に見えることが,実は全然当たり前のことではないのだということを,今いちど理解すべきではないでしょうか?
こうしている間にも,ウクライナ,中東,ミャンマー,スーダン,アフガニスタン,と世界中のあちこちで,多くの人々がまともな医療を受けることはおろか,日々命の危険に晒されて平和な日常生活を営むことさえ困難となっています.
これをつい遠くの世界のこととして考えがちですが,今や我が国は世界との関わりなくしては成り立たず,国際情勢含めありとりあらゆることが日常生活に影響するということ,そして平和で安全な生活も簡単に失われてしまい得るのだということを,昨今の薬剤不足という経験を通じて,我々誰しもが自分ごととして考える機会になればいいと思います.
Source: Dr.OHKADO’s Blog
コメント