3分診療のカラクリ

内科医

 我々医師に必要な資質の一つとして,「説明力」とでもいうべきものがありますが,私は心臓血管外科の勤務医から足を洗いプライマリーケアの第一線にある開業医となってはや17年,より一層その重要性を感じます.

 例えば,ある人が脚が痛いと言って整形外科に受診するとします.
 整形外科ですから,ほぼ例外なくまずレントゲンを撮る.でも骨折も何もない.すると「骨は」大丈夫なので湿布で経過見ましょう,となります.
 しかし,その後もなかなから治らないので,今度は違う整形外科に行く.でもやはり同じようにレントゲンを撮って,どうもないです,で終わり.困った患者さんは,そのあとは整骨院に行ったり,鍼灸を受けたり,果てはサプリメントに頼ったりするけれども,やはりなかなか治らない.

 そこでウェブで調べたり,知り合いに聞いたりして,もしかして血管の病気とかではないか?と思い至って私のところへ来られて,実は血栓だったりすることもあります.

 こういったケースでいつも思うのは,最初の医療機関を受診した時に患者さんが欲しかった言葉は,骨は大丈夫なのはわかった.ではいったい他にどんな病気が考えられるのか?湿布で様子を見るのは何日間くらいなのか?そしてもしそれでも軽快しなければどうすればいいのか?といった説明なのだと思います.
 その説明がないから,受診した人が不安に苛まれてあちこち受診して遠回りすることになるのです.
 
 「診断学」というのは医療の基本です.
 症状や経過,既往歴や家族歴,そして必要な検査を組み合わせて,そもそもそれが単なる加齢などの生理的変化なのか,あるいはやはり疾病なのか,そうであれば何の病気なのか,と最終診断に向かって絞っていくわけです.医療の第一歩は全てここから始まると言っても過言ではありません.

 特に昨今は高度な検査機器に加えてAIが導入されて,診断精度は極めて上がりました.私も診断にChatGTPの助けを借りることがあるのは先日のblogで書いた通りです.

 そして,いったん診断がつけば,ほとんどの疾病は治療方法が決まっていますので,むしろそこからは楽です.患者さんの要望に応じて最適な治療法を,ガイドラインなども参考にして選ぶわけです.

 ただ,実臨床では,なかなかそう簡単に行かないことが多々あります.検査をいろいろしてもはっきりとした原因がわからないことが多い.教科書に載っているような典型的な例ならばいいのですが,なかなかそうも行かない.というよりも,現実にはむしろその方が多いというのが正直なところです.

 しかし,患者さんが困っているのは事実なので,何とかしてあげなければならない.
なのでそこからの対応こそが大事なのだと思います.
つまり,
・診察や検査の結果はどうだったのか?
・現時点で考えられる病気や病態は何か?
・緊急性があるかどうか?
そして何よりも
・今後どうしていくのか?無治療あるいはとりあえずの治療で経過を見るにしても,いつまで経過を見るのか?症状が軽快しなかったらどうするのか?
 といったことを説明する必要があると思います.
 やはり,特にプリマリーケアの第一線に立つ医師は,この「説明力」が大事であり,私もできる限りこの姿勢を崩さないようにはています.

 ただ,こういった丁寧な診療には,やはりある程度時間をかける必要があります.

 以前にも書きましたが,昨今の社会保障費財源の逼迫や診療報酬の抑制により,医療機関の経営はますます厳しくなっています.
そうすると,医療機関としても経営を成り立たせるために患者数を増やして対処せざるを得なくなります.しかしそのことは当然一人あたりに費やす時間を減らすため説明不足になり,患者さんの満足度低下につながりかねません.
 上述した例でも,整形外科などは高齢者で溢れかえっていますから超多忙なところが多く,どうしても3分診療などと揶揄されるような状態になるのです.

 しかし,これはあまり知られていないことなのですが,実はいくら説明に時間をかけてもそれを評価する仕組みがない.適当に5分で診療を終えても,30分かけて丁寧に説明しても,報酬は同じなのです.つまり,時間をかけて説明しても,それが直接的には経営の改善には繋がらないし,却って他の患者さんを長時間待たせてしまいこれまた満足度が下がる可能性もある.

 もちろん基本は私たち医療従事者の心掛けであることはいうまでもなく,限られた時間内で可能な限りしっかり説明するための工夫も必要ですが,それにも限界があります.
 やはり一人一人の患者さんの診察に十分な時間がとれて,それが評価されるような制度にならないと,この悪しき状況を抜け出せないと思います.

 米国に住んでいたころ,長女が高熱を出して小児科医に診てもらったことがありますが,ゆっくりと30分も時間をかけて診察,種々相談に乗ってくれました.
 国によって保健医療制度の仕組みが違うので,単純比較はできませんが,総じて欧米先進国では日本と異なり医療機関へのフリーアクセスが制限されている上,国民性の違いもあってか年間の医療機関への受診回数が日本よりはるかに少ないため,ひとりあたりの診療時間が長い,しかもそれでも十分に報酬を得られる仕組みになっています.

 世界に冠たる国民皆保険制度と医療機関へのフリーアクセスが日本人の健康に大いに寄与し,世界トップクラスの平均寿命を達成した事は否定はできませんが,すでに制度疲労が出ていることは明らかです.
 それこそ昨今流行のワークライフバランスを医療従事者にも当てはめるのであれば,一人ひとりの患者さんへの説明にたっぷり時間をかけても正当に評価されるような制度に変えていく必要があると強く感じています.


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Source: Dr.OHKADO’s Blog

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