腸には メトホルミン[8]

健康法

『経口投与されたメトホルミンは 小腸上部までに血管に吸収され,門脈を経由して肝臓に届き,そこで糖新生を抑制する』

これが従来の「メトホルミンの主作用」とされていました.メトホルミンが糖新生を阻害すると,その原料である乳酸の肝臓での濃度が高まります. これが稀に発生する『乳酸アシドーシス』を引き起こし,時に致命的となります.

一方,ここまでの記事でも紹介した通り,PET診断がきっかけで偶然に発見された「メトホルミンの腸壁滞留現象」から,実はメトホルミンは高濃度で腸壁表面細胞に長時間滞留して,ここでも血糖を取り込んで血糖値を下げていることがわかりました.しかも,こちらの方が「メトホルミンの主作用である」可能性も提唱されています.

しかし,この記事にも書いたように;

腸壁に滞留するメトホルミンは,取り込んだ血糖を 乳酸に転換しているようです. とすれば;

当然この懸念が湧いてきます

遅放性メトホルミンにより腸壁のメトホルミン濃度が高まり,そこでも乳酸を発生しているのであれば,乳酸アシドーシスの危険性がさらに高まるのではないか?

もちろん この論文の著者も そこは しっかり調べていました.

精密に設計されたこの試験の第一の目的はメトホルミンの血糖降下の主作用は,肝臓に作用するからではなくて,腸に滞留することによるものを示すことでした.しかし,この試験にはもう一つ目的があったからです.

それは,メトホルミンをできるだけ肝臓に送り込まないようにすれば,血糖値低下効果を維持しつつ,かつ乳酸アシドーシスのリスクを減らせるのではないか

という期待です. なぜなら,遅放性メトホルミンは,できるだけ肝臓に行かないように,小腸上部までは溶解しにくいコーティングをしてあったからです.12週間にわたるこの試験前後での,被験者の血中乳酸濃度の変化値を測定したら,この結果でした.

[注]原文の乳酸値の単位は mmol/L だったので,日本でよく使われている mg/dLに換算しています.

偽薬(Placebo)に比べても,乳酸濃度の上昇は見られませんでした. 従来から使われている徐放性メトホルミンに比べても低い値です.一般に乳酸アシドーシス発生が懸念される濃度は 30mg/dLからと言われていますから,このわずかな増加は問題ありません.

以前,中年男性8人に,食後血糖値低下のため,階段昇降運動をやってもらった実験を紹介しましたが;

この時のわずか5~6分ほどの運動前後での乳酸値増加が25mg/dLであったことを思えば,メトホルミンが腸壁で発生させる乳酸の増加は微々たるものといえそうです.

むしろ激しい運動でいわゆる「オールアウト」した状態では;

Iran J Public Health

スポーツで鍛えた人であっても,激しい運動の直後は 乳酸が50mg/dLも上昇,普通の人なら60mg/dL以上も増えている(上記;Table 1;ただし単位は mmol/L → mg/dLに換算)のですから,まるでレベルが違います.

結 論

Diabetes Care 2016;39;198-205

この論文の著者らは,以上の結果を総括して,このように結論づけています.

本研究は,腸に滞留したメトホルミンが血糖値を効果的に低下させることを実証した.低用量の遅放性メトホルミンは従来のメトホルミンよりも効果的であったことから血糖低下に対する腸の寄与が,(血管→肝臓の)全身メカニズムよりも重要であることを示唆している.

遅放性メトホルミンは,従来のメトホルミンに比べて低用量で同等の血糖値低下効果をもたらし,しかも血中乳酸濃度の上昇はなかった. よって 遅放性メトホルミンは,乳酸アシドーシスのリスクを減らせる薬剤となりうる.

しかしながら...

それでは,メトホルミンが絶対に肝臓に行かないような錠剤を実用化すれば,糖尿病の薬はもうそれだけでよくなるのではないか,と考えてしまいます. しかし,そうではないのです. タイトルを変えてシリーズは続きます.

次シリーズ に続く

Source: しらねのぞるばの暴言ブログ

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