東京 品川神社③境内社 御嶽神社【身を護りつつの次の一手】

その他

品川神社の境内は、鳥居をくぐってから階段を上り比較的高台にあります。そしてさらに、境内社の一つ「御嶽(みたけ)神社」は、境内に配された小高い丘を上ります。

そこは周囲の木々に溶け込み、独特の雰囲気を醸しております。“御嶽”だけに山岳信仰も思わせ、わたくしも思わず身が引き締まりました。

こちらは、本殿向かって右側のやや手前にあります(右奥が “阿那稲荷神社(上社)”です。)

本日は、御嶽神社の神よりの御言葉をお伝えいたします。

Rinokia

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「万事、堂々と、大らかに動くことを心がけよ。

この世においては、目には見えずとも、各々(の存在)はいずれも自ら波動(エネルギー)を出し、それが互いのやり取り(関わり・関係性)を形作っている。

それであるならば、世に言うところの“形勢”は、内実(=実際のところ)すでに、これらの目には見えぬ波動にて決している(=決定している)とも申せよう。

そこに、生きる方策(=やり方)が有る。

何よりも、まずは自ら心身を“縮(ちぢ)こませる(萎縮する)”ことの無きよう、いよいよ(一層)大きく構えよ。

たとえば、人の(=人が)縮こまるならば、はたして何が生じるか。

元より各々(の人)にはしかるべく器(うつわ※ここでは、波動を発する範囲、と言う意味です。)があり、しかしながら、もし仮に心身を窮屈に縮こませるならば、そこには“隙間”が生じる。

これは、魔の隙間とも言え、互いの関わり(エネルギーのやり取り)ゆえのこの世においてはいとも簡単に、(この隙間に)陰(負、ダメージ、攻撃など。)が入り込み、知らぬうちにその(隙間に入り込まれた)者は(負に)支配されるだろう。

大らかに、そして堂々と生きることは、何より自身の欠かせぬ(=大切な)保護(=自分自身を護ること)となる。

今や時代は、剥(む)き出しのごとく、互い(のエネルギー・存在)が激しく交錯する(影響を及ぼし合う)、実に安らかならざる局面を迎え、ここに生き抜く方策として、攻(こう)する(=攻撃する)より、むしろ“守り”を固めることが先決である。

しかしながら、単に守り(=堅牢に守る)を求めるならば、それ以上に、生きることの本質を掴(つか)み(※ここでは、冒頭の、エネルギーにて互いの関係性を形作ることです)、生きる、それ自体を、より波動伸びやかなることを求めよ。

それが、ゆくゆくは、(単に自らを守るのみならず)人生に欠かせぬ“縁”(出逢い・出来事)さえも呼び寄せるだろう。

生きることは、実に多様な面があり、その瞬間の生き様(いきざま)に、次なる幸(さきわい:幸運・発展)を得ることをも求めるのである。」

(次回④ へ続きます。)

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Source: 神々からのメッセージ

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