書評「労力を無駄にしないための臨床研究テーマの選び方」

2017年から小児科専門医になるための条件として、論文を書くことが必須となりました。
そのため、あまり論文に慣れていなかった医師でも若手医師の論文を手伝いをする機会が増えたと思います。

今回紹介するのは、この本「労力を無駄にしないための臨床研究テーマの選び方 藤岡一路・著」です。
論文作成のためのHow to本はたくさんあります。
ですが、本書は既存の本とは異なり、「論文作成にとても大切だけど、決して言語化できない感覚」を教えてくれました。

先輩の背中が教えてくれるもの

ラーメン屋さんで、店主が弟子に対して「技術は見て盗め!」と教える(教えてない)シーンを想像してみてください。
しっかり教えてあげたほうが効率的なのに、と私は思います。

ただ、スキル・テクニックには、言語化できる部分と、言語化できない部分があります。
本で学べる「知識」とは別に、先輩の背中を見て感じ取り、または実際に経験することで得られる「感覚」とがあります
生き様とか、プロフェッショナリズムとか、第六感とか、そういうのは、言葉で学ぶものではないでしょう。

本書は、論文作成技術における、言語化できない部分、すなわち「感覚」について、あえて本という形で伝えることに挑戦した奇書であると感じました。
まさに、著者である藤岡先生の背中を見て、藤岡先生の生き様を見て、優しさがじんわりと魂に伝わる……そんな本でした。

没ネタ回避術とは?

本書はタイトルに「没ネタ回避」とありますが、「こうすることで、没ネタを回避できるのである」という単純な話ではありません。
新規性、臨床的有用性、倫理面などに配慮することで没ネタを回避できる……のような、言語化できる知識については「他のTips本を読んでください」としています。
前述した通り、本書が訴えかけるものは、言語化できないけれどもとても大切な「感覚」の部分です。

言語化できないものを、本で、文字で、言語で伝える。
そんな魔法のようなことが、巧みな構成によって不思議なことに達成されています。

本書のメインは「没ネタ回避術」を身につける前の著者が、「没ネタ直撃」を繰り返す様子です。
その状況・心境が、実に具体的に描写されています。

「没ネタ直撃」してしまった著者は、努力と才能(と一欠けらの運)によって「お蔵入り回避」していきます。
そして繰り返される「没ネタ直撃」により、だんだんと感覚が研ぎ澄まされた結果、現在は「没ネタ回避」の境地に至っています。
まるで少年漫画のような熱い展開です。

著者の経験を自身と重ね、追体験することで、不思議なことに「没ネタ回避」の感覚が養われていきます。
結果として、「没ネタ直撃」を繰り返す前に、「没ネタ回避」できるようになる本です。

著者である藤岡先生の優しさ

私を含め、初学者は没ネタを掴み続け、しかし著者のように努力も才能も運もなく、お蔵入りを重ね続けます。
蔵がパンパンになった頃には、論文を書く気力すらなくなっています。
「没ネタ回避」ができるようになる前に、没ネタの海に沈んでいきます。

本書は、そんな初学者に優しく語りかけます。
「最初はみんな、没ネタばかりひいてしまうんだよ」と。
もちろん「没ネタ直撃」を繰り返すうちに、「没ネタ回避術」は自然に身につくのでしょう。
ですが、本書は「頑張って苦労して没ネタと戦い続けろ」のような厳しいことは言いません。
むしろ、そんな苦労を後輩たちにしてほしくないというメッセージが、本書の随所に散りばめられています。
言語化できない、感覚として。

そして、最後に「どうして論文を書くんですか?」と問いかけます。
人のため? 世界のため?
そうじゃなくて、「あなた自身のためでしょう?」と問いかけます。

私は私のために論文を書くのだから、無理して書く必要はないという言葉の優しさ。
究極的には「論文を書かなければ、没ネタは回避できる」と言えてしまう優しさ。

つぎこめる労力には限界があり、何につぎこむかは選択しなければなりません。
医師の本分が臨床・研究・教育です。
研究だけが全てではありません。

「こうすれば論文は書ける!」とか「こうすればアクセプトされる!」とか。
そういう本ばかりの世界で、「もう戦わなくていいんだよ」と論文作成に苦しみ続けた人に言える優しさ。
これは、医療世界を広く見聞し、懐の広い著者だからこそ、説得力があるのだと思います。

まさに、医師の生き方を広げる本だと感じました。

総評

すべての論文を書く科学者に★5でお薦めします。
小児科医にとっては、症例から学べる点も多く、★6です。

Source: 笑顔が好き。

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