こころに響く栄養相談
医師にせよ管理栄養士にせよ,患者に血糖値・HbA1c・体重などの数字だけを突き付けて『あなたの数字はこんなに悪い. もっといい数字にしなさい』と迫るのは,医療でも指導でもありません.
食品交換表を患者に暗記させて,理想のカロリー,理想のP/F/C比率達成を迫っても何もいい結果は生まれない
これは ようやく関係者のコンセンサスになりつつあるようです. 日本糖尿病学会が『糖尿病診療ガイドライン 2019』で従来の姿勢を転換させて,『糖尿病患者の食事療法は個別化されるべきだ』という方針を打ち出し,今回の病態栄養学会の講演会(コントラバシー)でも『患者に食品交換表をそのまま押し付けても有害無益』と表明したのも,ようやくこの認識が全体の流れになってきたからでしょう.
それでは,どういう栄養指導であれば,実際に効果があげられるのでしょうか?
今年の病態栄養学会では この問題を考えるシンポジウムが行われていました.
シンポジウム 4 糖尿病患者のこころに響く栄養相談
命令でも押し付けでもなく,糖尿病患者が『なるほどそうだな』と感じて 自発的に食事改善・生活改善に取り組むようになる,こういう状態にもっていくのが理想的であることは明らかです.
その手法として,このシンポジウムでは副題に『コーチング的アプローチ』と掲げています.
スポーツ選手に対して,鬼監督のように高圧的に『命令』するのではなく,コーチのように『助言』を行い,それをいつからどのように実行するかは,本人に任せるというスタイルです.
この手法については,当ブログでも 『糖尿病医療学』として とりあげました.
また コーチング手法については多くの解説書が出ておりますし,糖尿病治療への応用についても,このシンポジウムの演者の一人 松本一成 先生も著書を出しておられます.
コーチング手法のハードル
コーチングとは,患者の思いに耳を傾け,患者が自分自身の発想として望ましい方向に向かうよう助言する手法です.
しかし,このモデルの通り,無関心だった患者が,あるいは自暴自棄に陥っていた患者が,コーチングにより ある日突然 意欲に目覚めて 自ら実行に移し...と トントン拍子に話が進むのなら何の苦労もありません.
- 『糖尿病のことなど医者に任せておけばいい』
- 『言われた通り薬を飲んでるのだから,好きなものくらい食べてもいいじゃないか』
- 『何年も病院通いしているのにちっともよくならない.もうどうでもいい』
この段階から,『今のままではだめだ.なんとかしなくては』と思う段階,つまり上図の無関心期から関心期に移る段階がもっとも困難です.なぜならこの段階は,単なるステージ移行という連続的な変化ではなくて,本人からすれば180°の思考転換なのです. ですから上図のモデルはこう描くのが正確でしょう.
ここを乗り越えさえすれば,その後の『関心期』→『実行期』は,単に 個人の時間差にすぎないと思います.
こころに響かせる
治療に無関心な人の心を動かすにはどうしたらいいのでしょうか? これはもはや栄養学の範疇ではありません. その答えがこのシンポジウムを聴いていたら得られました.
シンポジウム 16 地域包括ケアシステムにおける管理栄養士の役割
S16-4 地域包括ケアシステムにおける急性期病院管理栄養士の役割
相澤病院 栄養科 矢野目英樹
家族の介護をしていた85歳の女性が脳梗塞で倒れて入院してきたのですが,すべての気力を喪失し,食事も摂らなくなったので,体重が12kgも落ちてしまい,32kgになってしまいました.
危険を感じた栄養士は,看護師から聞いた『元気な頃は花を育てるのが趣味だったようです』という言葉をてがかりにして,院内食をわざわざ花柄模様や花びら形の食器に盛り付け,料理にも桜の蕾などをあしらってみました.すると驚くことにその日から食事を摂り始め,退院後はイオンに買い物にでかけられるくらいにまで(ただしタクシーで)回復したそうです. おそらくは
【もう一度 花を育てられるくらいの元気を取り戻したい】
これが 動機になったのでしょう.
いい話でした. この報告には感動しました. 本人の意欲をみごとに引き出したのです.しかもそれを偶然ではなく 効果を狙って成功したのです.この後は放っておいても,患者は自己改善に取り組むでしょう. 栄養指導とは,いや 糖尿病医療とはどうあるべきなのかを示してくれた松本市の相澤病院からの症例報告でした.
そういえば,綿密な観察で『第二の暁現象』を報告していたのも相澤病院でしたし,『体格が著しく違うのに糖負荷試験で 一律に75gのブドウ糖を飲ませるのは非科学的』と指摘していたのも相澤病院でした.
相澤病院を本当に尊敬します.
[4]に続く
Source: しらねのぞるばの暴言ブログ
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