ケトン体について,軽く 経緯と現状をまとめるつもりで始めたこのシリーズでしたが,文献を見ていくと 特に2015年以降,怒涛の如く報告文献がほとばしり出ていて,しかもそれらすべてが興味深いものばかりだったので,ついつい深入りしてしまいました.
やはり 2013年に米国でSGLT2阻害薬が発売され(日本では 翌2014年),多数の糖尿病患者に使用されることになったこと,そして 2015年に SGLT2阻害薬には 心臓保護効果があるという驚愕の EMPA-REG OUTCOME試験の結果が発表されたことが引き金になったのでしょう.
ここから世界中の研究者・製薬会社が先を争って,SGLT2阻害薬の研究に取り組みました.
その結果;
- SGLT2阻害薬であれば,どの薬にも心臓保護効果がある.
- 心臓だけでなく,腎臓保護効果もみられる.
- このような効果はケトン体によるものとしか考えられない.
ということがわかり,ケトン体の薬理作用についての研究に更に拍車がかかりました.
2022年になっても,その勢いはとどまることをしらず,本日時点でも 次々と新しい研究報告が出されています.
まさに ケトン体は悪魔ではなく,守護天使だったのです.
ところで,例年よりもかなり早く 『糖尿病治療ガイド 2022-2023』が日本糖尿病学会から発行されました.
この冊子の中で,ケトン体に触れた箇所は全部で18箇所ありますが,すべて『有害事象としてのケトン体上昇(ケトーシス,ケトアシドーシス)』という扱いでした.
それでは,ケトン体の有用な働きはまったく無視するつもりなのかと思ったら,p.92に
『SGLT2阻害薬,GLP-1受容体作動薬の一部がが心血管ハイリスク患者の心血管複合エンドポイントの低減に有効であると報告されている』
糖尿病治療ガイド 2022-2023 p.92
という文章はありました. ただし なぜか この箇所だけはケトン体という言葉を使っていません. ケトン体が有用であるというイメージを出したくなかったのでしょう.
しかし これはやむをえないかなと思います. このガイドは,専門医ではない一般内科医向けのパンフレットです. しかもこの治療ガイドを読もうかという医師ならば,あまり糖尿病には詳しくないでしょう.したがって 来院した糖尿病患者からケトン体が検出されたら,無条件でケトアシドーシスの危険性を疑うほうが安全サイドです. 現時点では そういう医師には 『ケトン体は毒物だ』という認識のままでいてほしいということなのでしょう.ただし それが糖質制限に反対する医師を作り出すメカニズムでもあります.
しかし,将来 ケトン体自身を薬として,またはケトン体を増やす物質を薬に用いるようになったら,『ケトン体は燃えカスだ』『ケトン体は毒物だ』と患者に説明していた病院はどうするのでしょう.
医師:『今度 いい薬が出ました. 明日からのんでください.この薬はケトン体を増やして心臓にとてもよく効きます』
患者:『ええっ? 先生,ケトン体は脂質の燃えカスじゃなかったのですか? 以前 この病院の糖尿病教室でもらったパンフにそう書いてありますが』
医師:『...』
時が経てば ここまで話は変わるのです
定説とはこういうものなのです.時間と共にいくらでも,時に正反対にも変わりうるものだと あらためて感じました.
【完】
Source: しらねのぞるばの暴言ブログ
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