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戦争の記憶…

内科医
この記事は…時間に任せて自分の思いを書いているだけですので医療的な記事を読みたい方は、飛ばして下さい。私が結婚前に鹿児島に行ったことがあります。それはつまらない理由で、北海道と鹿児島には行きたいと思っていたからでした。鹿児島空港に着いてレンタカーを借り…台風のメッカの枕崎に向かいました。と、その時に道の両脇に灯籠がある道を通ることになりました。「特攻基地の知覧」です。知覧は特攻基地として多くの若者の命が眠っています。新婚間もないご家族のこと、ご両親のことを思いながら国のためならば、と命を落として行ったのだと思います。「特攻」は日本が負けると分かった時点で作成された計画だと思います。「日本が負けても日本人の精神を残そうと特攻が始まった」様に感じます。情けないとは思いますが…その様な記念館に自分は入れませんでした.多くの涙と多くの感情が渦巻いている神聖な場所です。「入れないな」と思って、通り過ぎました。映画の「永遠の0」を見て…純粋で、真っ直ぐに生きていた人達には頭がさがります。今は余りにも恵まれすぎて…自分の権利ばかりを主唱するのが当然という人が多くなりました。しかしながら、この頃は「赤紙一枚」で命を国に捧げなくてはなりませんでした。その様な苦闘を知っている戦後の人達は、今以上に優しかった様に思います。それは…大きな苦労を経て生きてきたからだと思います。こんなことを考えると…このまま

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