[運動療法] 筋トレか有酸素か【追補】

健康法

運動療法についての 前回前々回の記事で;

『2型糖尿尿病の運動療法として,有酸素運動とレジスタンス運動(筋トレ)とでは,どちらかが圧倒的に有効ということはない. どちらであれ,あるいは両方であれ,自分が長く続けられる運動の種類と強度が,自分にとって最良の運動療法である』

と書いたところ,いくつか『お問い合わせ』経由で ご質問・ご意見をいただきました.

それぞれ個別にお答えしたのですが,少し不思議なことがありました. お問い合わせいただい中で 複数の方が 下記の論文を取り上げておられたのです.

Bweir 2009

論文タイトルの通り,『レジスタンス運動は,有酸素運動よりもHbA1c低下効果が大きい』という内容です. ただし最新の論文ではありません.どちらかと言えばマイナーな医学誌に掲載された古い論文です.発表されてから13年も経過してるのに,その間 他の文献には51回しか引用されていません. ほとんど注目されなかった論文と言っていいでしょう. このような論文は(又は その逆の論文も)それこそ無数にあるのですが,複数の方が読まれたということは,どこかでこの論文が評判になったのでしょうか.

そこで,この論文(以下 Bweir論文)を読んでみました.

Bweir論文の内容

ヨルダンで行われた比較試験です. レジスタンス群有酸素群,それぞれ10名が,10週間にわたり,週3回のレジスタンス運動又は有酸素運動(Treadmill)を行い,試験期間前後で血糖値及びHbA1cの低下効果を比較しています.

試験にあたり,両グループに割り当てられた人の平均年齢,性別分布,その他健康指標は,以下のように初期状態で揃えて(=Matched)ありました.

Bweir 2009 Table 2を翻訳

それぞれの運動を10週間継続した 血糖値の変化はこの通りでした.

Bweir 2009 Fig. 1を翻訳

そして HbA1cの変化はこうなりました.

Bweir 2009 Fig. 2を翻訳

どちらの運動でも血糖値やHbA1cは低下していますが,レジスタンス運動を行ったグループの方が,有酸素運動を行ったグループよりも有意に低下していたと報告しています.

Bweir論文の評価

いかがでしょうか? 何の問題もないようにみえるでしょうか. 私はこの論文を一瞥した時点で,これは Cochrane Reviewのように格段に厳しいバイアス評価ルールを持ち出すまでもなく,通常の論文査読であっても 多数の問題点を査読者から指摘されるだろうと感じました. なぜならば;

初期状態は本当に揃って(Matched)いたのか?

もう一度,試験開始時点での 両グループの構成を見てください

原文では『レジスタンス運動と有酸素運動との比較が不公平にならないよう,レジスタンス群と有酸素群とで 諸指標を同じに揃えて(Matched)試験をしました』というBaseLineです.出発点では2つのグループはまったく対等であったと述べています.

でも何かおかしくありませんか? まず項目がやけに少ないのです.特に体格差に関する指標が 腹囲(Waist circumference)だけです. 運動療法の効果を判定しようというのですから,開始時点でグループ間で体格差があったら意味をなしません.

しかし,ここでは腹囲だけしか示されていません. ということは,この原則を思い出すべきでしょう.

医学論文では,書いてあることよりも 書いていないことの方が重要である.

つまり,両グループのBMIや体重はそもそも最初から釣り合っていなかったので 書けなかったのです, HbA1c値のための採血検査や 腹囲測定などを行っているのですから,体重・BMI・HDLなどのデータが存在しないわけがありません.そして 両群で,体重やBMIがきれいに揃っていたのであれば,堂々とそう書いたはずです.当然 この論文の査読者は そこを質問したはずです. しかし 著者はそのデータを示さなかったのでしょう.

したがって バイアス排除の大原則=【重要なデータの欠落】により,この論文はメタ解析に組み入れられるほどの信頼性はありません.発表後13年間で たった51回しか引用されなかったのも当然です.

初期状態で BMI,体重などの体格を揃えると,HbA1cや血圧が揃わず,逆にHbA1cを揃えると今度はBMIが揃わない,という少人数試験のジレンマ(なにしろ各グループ10人なので)に陥ったものと推測されます.

ただし,このBweir論文がデタラメだと言っているのではありません. ここに書かれていることは すべて事実でしょう. しかし書かれていないことが多すぎるのです.このBweir論文が典型ですが,多くの運動療法に関する論文は 厳密な比較になっているかどうかを精査されると,ほとんどが不合格になってしまいます.

Cochrane Review では 2,101報もの論文の内,厳密にバイアスを排除していったら,適格なものは14報しか残りませんでした.
前回のYang論文 でも『レジスタンス運動と有酸素運動を比較した』論文は2,988本もありましたが,厳密な評価に耐えるものは その内13本しかありませんでした.

これを逆にみれば,自説に都合のいい論文は,信頼性を無視すれば いかようにでも引っ張ってこれるということでもあります.『医学論文にこう書いてあった』という断片的な情報に惑わされないようにしましょう.それと正反対のことを書いている『医学論文』もヤマとあるのですから.

医学論文と言われると,素人には反論しづらいものです.だから ハゲタカジャーナルが跋扈するのです.


2022年は,これが最終投稿となります.

ブログ別館もこの記事が最終稿です.

『本年最後の投稿です』
この記事をもって 本年の最終投稿といたします.新年 初投稿は,飲んだくれるのに飽きた頃でしょうwそれにしてもコロナ,コロナでもう3年. 2019年の12月には…

みなさま よいお年を.

Source: しらねのぞるばの暴言ブログ

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