[カバーフォト (C) A’SHE さん]
【この記事は 第57回 『糖尿病学の進歩』を聴講した しらねのぞるばの 手元メモを基にした感想です. 聞きまちがい/見まちがいによる不正確な点があるかもしれませんが,ご容赦願います】
ここで言う『肥満』とは,「最近体重が増えたから そろそろダイエットしなきゃ...」などというレベルのものではなくて,治療が必要なほどの肥満,つまり『肥満症』のことです. 肥満症では 往々にして,糖尿病,高血圧,高脂血症も併発しており,それぞれが相乗的に症状を重くしています.
このシンポジウムでは 肥満症の治療法・取り組み方を総合的に検討するため,6本の講演が行われました.
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糖尿病合併肥満症の現状と対策
千葉大学 横手 幸太郎
2SY-1-2
食事療法からのアプローチ
琉球大学 益崎 裕章
2SY-1-3
糖尿病の運動療法~コロナ禍での模索~
東京都済生会中央病院 河合 俊英
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2型糖尿病を合併する肥満症に対する薬物治療
九州大学 小川 佳宏
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減量・代謝改善手術の肥満糖尿病に対する効果
大分大学 太田 正之
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糖尿病合併肥満症に対する心理療法
―認知行動療法およびマインドフルネス―の効果
中村学園大学 野崎 剛弘
肥満症の治療法として,総合レビューから始まり,食事療法・運動療法・薬物療法,そして究極の手段として外科手術が,更に心理療法が それぞれ詳しく解説されました.
外科手術
5番目の講演で外科手術療法が詳しく解説されました.外科手術で肥満を解消する方法は,胃をスリーブ(sleeve=袖)状に切り取って細長くしてしまい,すぐに満腹になるようにする方法です.
初期には 胃袋の主要部をバッサリ切除して全体を小さくしたり,紐で結索するなどの方法があったのですが,現在はこのスリーブ手術がメインです. 過激な方法と思う人も多いでしょうが,肥満が深刻な米国では 背に腹は代えられず,今や年間20万例以上行われているようです(日本では1,000例未満).
この外科手術法の効果はてきめんで,術後 直ちに大幅な減量が達成されます. 糖尿病やその他の症状も劇的に改善することが多いようです. ただし,それでも体重がリバウンドしてしまう場合もあるようです.
心理療法
最後の講演は心理療法の解説でした. 心理療法については,これまでの学会でも ほぼ毎回 講演は行われており,何度か聞いたこともあるのですが,多くは『患者の声を聞き,患者の気持ちに寄りそって』というパターンなので あまり記憶には残っていません.ただ,今回は『マインドフルネス』という 聞きなれない言葉があったので じっくりと聞いてみました.
従来 糖尿病の心理療法・カウンセリングといえば,認知療法(Cognition-Based-Therapy) または認知行動療法というものが広く行われてきました.
認知療法は,行動心理学をベースとするアプローチで,患者の訴えをよく聞いたうえで;
自己分析 → 熟考 → 試行 → 決心 → 実行
というステップを通じて,おおげさに言えば 自己改革を迫るものです. もちろんそれは強制的な洗脳ではなくて,カウンセリングを通じて,何をどうしていけば 事態がよくなるのかを冷静に自己分析して,自分自身で判断できるようにしていくというものです.まことに理論的で合理的です.この治療法の根底にあるものは 『論理』であり『理性』です.どこにも文句のつけようはありません.
しかしですね,技術屋の端くれでありながら 同時に敬虔な浄土宗門徒でもある ぞるばにとっては,どうにもこのアプローチにはなじめないのです.『人間ってそんなに理性だけで行動できるようになるだろうか?』と.別の言葉でいえば,このアプローチには 何か大事なものが抜け落ちたような『無味乾燥』を感じませんか?
この講演で紹介されたマインドフルネス療法とは,その点に着目したものです.人間は理性のみで行動が決まるのではなくて,感情=情緒も大きな比重を占めているのだから,『心が満たされた状態』を得られなければ 前には進めないだろうと.
といっても宗教めいたものではありません. 糖尿病のマインドフルネス療法とは,たとえば過食という行為の背景には,飢餓という生理的欲求があるのではなく,不安・怒り・不満といった情緒があり,それの代償行為として『食べる』のではないか. だからいくら理詰めで カロリーの摂りすぎや肥満の不健康さを説いても,背景を取り除かない限り解決はしないという考えです.
実際のマインドフルネス療法とは.プログラムにしたがってカウンセリングを予備段階として,主として『瞑想』を行うようです. 『瞑想』では,座禅の『無心』とは少し異なり,自分自身の現在の身体感覚を取り戻すことに集中します.その状態で 食事を摂り,食事を味わうということの本来の意味を感じられるようにする,というものです(このあたりは,ぞるばの個人的解釈です).
剣道をやっていたぞるばは,この話を聞いて『正眼に構えた時に五感を研ぎ澄ませ』という有段者の言葉を思い出しました.また,会場からは『病院食の検食をする機会があったが,普段はあわただしく食事を掻きこんでいるのに,ゆったりと食べると 意外に病院食はおいしいと思った』という声もあり,おそらくこれが正解に近いのでしょう.
そしてどれほどの効果があるのか? ですが.実例が紹介されていました.
20代女性で,体重:158kg 腹囲:152cmだったのが薬も使わずに,15か月のマインドフルネス療法で 体重:108kg 腹囲:109cmにまで減量できたとのことです.おそらくもっともうまくいった例でしょうが,心理療法だけでここまで下げられるとは驚きです.しかももっと驚いたのは 減量前はHbA1c= 8.4%だったのが,減量後は(それでも100kg超なのに)HbA1c=5.3%,つまり完全に正常値にまで低下したのです.
演者の野崎先生は,最後に四書五経の一つ『大學』から,有名なこの一節を紹介していました.
心不在焉
視而不見
聴而不聞
食而不知其味
此謂脩身在正其心
心ここにあらざれば
視れども見えず、
聴けども聞こえず、
食らえどもその味を知らず、
此れを『身を脩(おさ)むるはその心を正すに在り』と謂う
意訳すれば;
心があらぬところをさまよっていては,景色も目に入らず,鳥のさえずりも聞こえず,食事もおいしくない
ということでしょう.かように人間は情緒に左右されるものなのです.マインドフルネスのエッセンスは,この『大學』で既に看破されていたのです.
なお,マインドフルネスは,元々 ビジネス分野で 個人の生産性を向上させる手法として注目されたものです.詳細は下記に.
[続く]
Source: しらねのぞるばの暴言ブログ
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