「被爆者の思いないがしろ」という錦の御旗(被害者ビジネス)

健康法
賛同できないですね。

「核は使うな」とロシアに行って話して来いよ、と思います。

ロシアや中国にも強く話すべきですね。

個人的には「被害者ビジネス」の一種です。

「被爆者」と「その他の戦争被害者」になんら違いや差は無いですからね。

これは反日サヨクの活動の一環でしょうね。
 被爆者の全国組織「日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)」の定期総会が20、21日に東京都内であり、約80人が参加した。5月に広島で開かれた主要7カ国首脳会議(G7サミット)で発表された「広島ビジョン」を、「核抑止論」と批判する特別決議を採択。「私たちの思いを全くないがしろにした。核抑止ではなく核兵器廃絶を」などと訴えた。

 田中熙巳(てるみ)代表委員(91)は総会後の会見で「被爆地出身の首相が『核兵器を持ってもいい』と言って核抑止論を強調している。とても異常で、悪い影響力がある」と話した。

  事務局次長の児玉三智子さん(85)は先週、千葉県内の街頭で核兵器禁止条約の参加を政府に求める署名を集めた際に通行人から「核兵器を持って何が悪い」と大声で言われたことを紹介した。

 訴えを聞いていた高校生からも「核抑止論に賛成なので署名はできない」と言われたという。児玉さんの被爆経験などを話したところ、最後は署名してくれたというが、「今までにない雰囲気を感じる」と話した。

  総会では、被爆者の高齢化が進む中での活動のあり方などについても議論した。22日には、核兵器禁止条約の署名、批准などを求める要望書を厚生労働相に提出する。(後藤遼太)

同様に、、

沖縄本島の慰霊祭も、、

何故そこだけ平和記念公園とか墓碑銘があって税金で管理されてそして公費の慰霊祭に総理がでなきゃならんのか不思議です。

このあと、玉城知事は「平和宣言」を読み上げ、「戦争体験者が後世に語り継いできてくれた実相と教訓を胸に刻み、あらゆる戦争を憎み、二度と沖縄を戦場にしてはならないと決意を新たにする」と述べました。

>二度と沖縄を戦場にしてはならない

へぇ、戦争って沖縄ローカルだけの問題で、、

沖縄以外は戦場になっても良いという宣言ですかね??

強盗に対する「警察権力」という備えは必要です。
「軍は不要」というのでしたら、沖縄に警察も海保も不要でしょうね。勿論家に鍵をかけてはいけません。

沖縄の悲劇の一つは「火炎放射器」。
アメリカ兵がこれを洞穴に向けて噴射して避難していた人々を焼き殺した。
ジャングルもこれで焼き払うので潜んでいた日本兵はあぶり出されて次々と射殺された。
殉国美化だぁぁぁとか、、バカな話です
 糸満市摩文仁の平和祈念公園内にあり、沖縄戦当時の日本軍第32軍の牛島満司令官らを弔う「黎明(れいめい)之塔」では、陸上自衛隊第15旅団の旅団長らが毎年6月23日の慰霊の日に制服で「参拝」していることが問題視されてきたが、今年は23日午前6時半現在、旅団長らの「参拝」は確認されていない。中止となれば2年連続となる。

 一方、塔周辺には日の丸や旭日旗が設置されていた。旗は埼玉県所沢市から訪れた谷口恵さん(62)が掲げたといい、塔の前に靖国神社の御札や飲み物なども供えていた。

 慰霊の日に合わせた15旅団長らによる黎明之塔への「参拝」は、2004年から実施されている。牛島司令官らは住民を巻き込む戦略持久戦を指揮して沖縄戦を泥沼化させた。その慰霊塔の「参拝」は、自衛隊が日本軍をたたえ「殉国美化につながる」などと批判され、市民団体が中止を要請してきた。これに対し陸自側は「参拝」は「私的」なものとの見解を示していた。
 
だが、防衛省陸上幕僚監部が部内で旅団長の「参拝」に関する報告文書を作成していたことが昨年に発覚すると、その直後の慰霊の日に旅団長らの「参拝」は確認されなかった。

何故日本軍が市民含めて徹底抗戦する作戦を取ったのか、、
南方戦線で、日本軍が降伏しても殺された事実があるからです。
それも呼びかけに応じて山から出て投降してきた民間人が皆殺しされました。

【アメリカの戦争犯罪】


リンドバーグ第二次大戦日記 (下) (角川ソフィア文庫)
チャールズ・A・リンドバーグ
KADOKAWA/角川学芸出版
2016-07-23



アメリカによる日本兵捕虜”大”虐殺・・・リンドバーグ著・第二次大戦日記、より

   ▼1944年6月21日
日本軍兵士殺害に関する将軍の話--数週間前のことだが、最前線のさる技術科軍曹が、もう二年以上も太平洋地域で、戦闘部隊と行を共にしながら、ついぞ実戦に参加した経験がなく--帰国する前にせめて一人だけでも日本兵を殺したいと不平を漏らした。軍曹は敵の地域内に進入する偵察任務に誘われた。

軍曹は撃つべき日本兵を見つけられなかったが、偵察隊は一人の日本兵を捕虜にした。

「しかし、俺はこいつを殺せないよ!やつは捕虜なんだ。無抵抗だ」

「ちえっ、戦争だぜ。野郎の殺し方を教えてやらあ」

偵察隊の一人が日本兵に煙草と火を与えた。煙草を吸い始めた途端に、日本兵の頭部に腕が巻き付き、喉元が「一方の耳元から片方の耳元まで切り裂かれた」のだった。

このやり方全体は、話をしてくれた将軍の全面的な是認を受けていた。私がそのやり方に反対し、どうしても捕虜を殺さねばならないのなら疚しくない、蛮行に非ざる方法に訴えるべきだと主張すると、私は悠然たる侮蔑と哀れみの態度に接した。「野郎どもがわれわれにやったことだ。やつらを扱うたった一つの方法さ」 ・・・


   ▼1944年6月26日
 ニューギニア戦線で
2000人の日本人捕虜を飛行場に連れて行き機関銃を乱射して殺害しました。
生き残った100人~200人を本部に連行した。
米軍将校の談話・・・・・
「両手を挙げて投降したのに戦友が殺されたら投降を奨励することにはならないだろう」523ページ
リンドバーグは
捕虜をとらないという米軍の態度に疑問を抱いた


   ▼1944年7月13日
わが米軍兵士は、捕虜にしている日本人や、降服しようとする日本兵を撃ち殺すことを何とも思っていない。
彼らは、日本兵を動物に対してなすより以下に軽蔑して取扱っているのである。
そしてほとんどだれもが、そうした行為を大目にみて見過ごしてしまっている。」

   ▼1944年8月6日
 「オーストラリア軍の連中はもっとひどい。
日本軍の捕虜を輸送機で南の方に送らねばならなくなった時のことを知っているかね?
あるパイロットなど僕にこう言ったものだ・・・。
捕虜を機上から山中に突き落としジャップは途中でハラキリをやっちまったと報告しただけの話さ」
「例の日本軍の野戦病院を占領したときの話を知っているかね? 我軍が通り抜けたとき、生存者は一人も残さなかったそうだ」









取り敢えずこの辺で。
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Source: 身体軸ラボ シーズン2

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