糖尿病の精密数理モデル[10完]

健康法

数理モデルの将来

なんだか突拍子もないSFかと思うような話が続きましたね.
たしかに医学の分野で 数理計算モデルをここまで突き詰めてみた例は 過去に見当たりません.

しかし,ものすごく複雑・大規模な事象を,実際に コンピュータで徹底的にシミュレーション計算しているという実例はあるのです. それも我々の非常に身近なところで.

天気予報です

1884年(明治17年)6月1日に、日本で初めての一般向け天気予報が発表されました。 「気象記念日」は、この日を記念して定められたものです。 毎日3回(午前6時、午後2時、午後9時)の全国天気予報がスタートしたのです。

日本全国20ヶ所ほどの測候所の観測を基に おおまかな天気図を描いています.これを基に最初の天気予報が出されました.

1884年6月1日の天気予報 (C) 気象庁

明治時代なので,横書きは右からです.今の書き方ではこうなります.

豫 報
全国一般 風ノ向キは定リナシ 天気は変リ易シ 但シ雨天勝チ

ー イ.クニツピング

1884年6月1日の天気予報 (C) 気象庁

日本全国の予想をたった一つの文で予報していました.東京の派出所等に掲示されたそうです。
『イ.クニツピング』とは,明治政府がドイツから招聘した E.Knippingという予報官でした.

その後 世界各国は協力して各国の測候データを交換するようになり,地球全体の天気図が書けるようになりました.

1960/1/1 0900天気図 (C) 気象庁

これを基にして,日本の気象庁も各地の明日~数日後の天気を予想しました. ただしその予想は予報官が天気図をにらんで,過去の気象経験と自分の勘で予報を出していました.

さらに1978年には 最初の静止気象衛星『ひまわり』の登場で,世界全体の雲の動きが見られるようになり,

1978年 最初の「ひまわり」画像 (C) 気象衛星センター

これらから かなりの確度で数日後の日本の地方単位での予報ができるようになりました.

数値予報

一方 コンピュータにより地球全体の大気の動きをシミュレーションして天気予報を行う試みは,気象庁で 既に1959年から開始されていましたが,本格的には 日立製/米国 CRAY社のスパコンを使用して数値予報を行っています[※]

数値予報60年誌 (気象庁)

[※] 2023年からは 線状降水帯予測に『富岳』クラスのスパコンも導入[PDF]

これは地球上のすべての大気を,小さなサイコロに区切り,個々のサイコロにおける,温度,運動量(=風向),膨張・収縮(=気圧),水分量(=湿度)を完全に計算して,1時間後,3時間後,12時間後・・10日後の状態を算出する. これを地球全体で行った上で,地球上の任意の一点,たとえば東京都千代田区の10日後の天気を予報する.これが現在の数値予報です.

(C) 気象庁

医学分野では

上記の天気予報の歴史と医学における『予報』とを対比させると,

昔は計測器といえば せいぜい聴診器,体温計と血圧計くらいで,それよりも医師が患者をじっくりと観察し,診断を下していました. これは天気予報で言えば『観天望気』,すなわち 空を見て明日の天気を予想していた段階に相当するでしょう.

その後各種の生化学検査が充実し,糖尿病分野では血糖値やHbA1cを測定する,すなわち 医師の主観ではなく,数値データを判断材料にするようになりました. これは天気予報の『天気図を見て予報を出す』段階でしょう.

更に進んで MRI/CTの登場で画像診断が可能になりました. これは天気予報では『ひまわり』の登場に匹敵します.人体全体を観測できるようになったからです.

しかし,現在のスパコンを活用した数値モデルによる天気予報に相当する段階には,医学は未だ達していません.ただし 医学でまったくスパコンが使われていないわけではなく,この記事で紹介したように,インシリコではスパコンを使いこなして,たんぱく質のアミノ酸配列だけから実際の高次構造を決定しています.

Nature 596 583-589 2021

したがって,この数値予報を人体でもやってしまおうというPWC社の試みは,まだ緒についたばかりです.なによりシミュレーションの基礎となる リアルタイムデータの蓄積が不足しています.

しかし,CGMや連続血圧測定器,連続心電図測定器など,PHR(Personal Health Record)が普及すれば,コンピュータシミュレーションの精度は飛躍的に向上していくものと予想されます.

ただ 糖尿病領域でいえば,インスリンだけでなく,グルカゴンやインクレチンなどの生理挙動は あまり解明されておらず,データが圧倒的に不足しています. これらの分野の進展も必要になってくるでしょう.

糖尿病の精密数理モデル【完】

Source: しらねのぞるばの暴言ブログ

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