チェスタトンのフェンスという言葉がある。
なぜフェンスが建てられたのかわかるまで、決してフェンスを撤去してはならない
これは作家G・K・チェスタトンの随筆の有名な一説である。
一見、無意味に見えるフェンスでも、そこに存在する理由があるはず。
その理由が何かを見つけるのは本当に難しく、壊すと取り返しのつかないことになるかもしれない。
つまり意味がわからないようなルールでも、無闇に削ったり変更したりしないで、まずはそのルールが存在する理由を理解しましょう。
という教訓である。
これは外来患者の引継ぎでも起こることである。
外来患者の引継ぎ
かつて内科医medtoolz先生が外来患者の引継ぎについてブログを書かれていた。
引き継いだ患者が、「大して効果が期待できない薬を大量に内服している」ということは稀ではない。
長く同じドクターにかかっていた患者さんのカルテを診ると、たいした病名でもないのに6種類も7種類もの薬を服用している人が時々いる。
どの薬剤もたいした薬効も期待できない、セルベックスとかマーズレン、サアミオンやらヒデルギンなど(メーカーさんすいません)といった、何のために処方されたのかもよく分からないような薬剤ばかり。
前医はエビデンスも理解できていない無能なやつだ、と薬を全部中止したくなる。
こうした処方をみると、以下のようなことを考えた。
「(前任の)○○先生よりも明らかに自分のほうが実力は上。ゆえに自分が切るべきだと思う処方は、切ったほうが患者さんのため。」
ところが、いざ中止してみると色々と問題が起こる。
で、実際に薬を止めてみると1ヵ月後に「先生、申し訳ないけどあの薬内と調子悪くて…」などと患者さんから要求される。
一見無意味な処方にも様々な事情(チェスタトンのフェンス)が存在するわけである。
処方が決まるまでの間には、患者さんの要求、病院の事情、実際に処方してみて生じた不具合、患者さん自身がその薬に対して持っていた情報や先入観といった、さまざまな事情が横たわっている。
例えば胃薬としてKM散が処方されていても、これがなぜガスターではいけなかったのか、今までの経過で中止することは出来なかったのか、については記述されない。
理由を知らずにフェンスを取り除くことで不具合が発生する。
赴任したばかりの若い医師は、まだシステム全体の流れを把握できない。その人が、自分の担当部分だけを「最適化」しようと努力することが、かえってシステム全体の効率を落としてしまうことがある。
患者を引き継いだら、とりあえず1周目は処方を変えないのがポイントである。
新しい病院に赴任した際は、自分の外来患者さんが1周するまでの間(だいたい1ヶ月から2ヶ月か?)は前任者の処方を変えないことだ。
自分が病院の流れを理解し、病棟に味方が大勢できた頃から自分の色を出していけばよい。
自分が今の病院にはじめてきた頃、これができなくて大失敗した。
まとめ
自分もかつて同じようなことを経験した。
意味がわからない混合軟膏。効くかどうかもわからない内服薬。
それらを中止、変更すると、決まってこう言われる。
「新しい薬は効かない」「前の薬に戻してほしい」
プラセボ的な部分も多いのだろうが、無理やり変えても患者にメリットは少ないだろう。
それからは、軌道に乗るまで処方は変えないように心がけている。
Source: 皮膚科医の日常と趣味とキャリア
コメント