2型糖尿病の病態は人によりかなり違います.これは素人目でも よく感じられることが多いでしょう.
あの人は 昔からかなりの大食い・早食いで当然ながらかなりの肥満,しかし 別の人は食が細く もちろん痩せている. しかし二人とも 病名が『2型糖尿病』と診断されていて,たしかにHbA1cは7%台とほぼ同じだけれど,似ているのはその数字だけで,それ以外はどこを見ても ことごとく正反対. この二人が本当に同じ『2型糖尿病』なのか,とても同じ病気とは思えない...
この疑問を真正面から解明したのがスウェーデンの E. Ahlqvist博士でした.
Ahlqvist博士は2018年 英国の医学専門誌Lancetで,『2型糖尿病とは,それぞれ全く異なる複数の病気をまとめてそう呼んでいるに過ぎない』と発表しました.
というのも,医学的検査指標( GAD抗体の有無,年齢,BMI, HOMA2-β,HOMA2-IR)を手掛かりにして,スウェーデンで新たに糖尿病と診断された 8,980人のデータを分類してみたところ,どう見ても同じ病気とは思えないほど病態の様相が異なることが判明したからです.
最近,このAhlqvist博士の分類法を改良して,欧州の IMI(Innovative Medicines Initiative;革新的医療推進機構)のRHAPSODYプロジェクトで, 一般診療で より使われている指標( GAD抗体の有無,年齢,BMI,HDL,C-ペプチド)を用いて同様に分類してみたところ,現在 『2型糖尿病』と呼ばれている人は,実は5つの異なる『糖尿病』であると判明しました.
両者の分類結果を下に示します.
日本でも 昔は,つまりまだ『2型糖尿病』という言葉がなかった時代でも,『痩せ型糖尿病』『肥満型糖尿病』の2種類があるらしい,とは言われていました.現在ではそれらは『インスリン分泌不全を主体とする糖尿病』『インスリン抵抗性主体の糖尿病』と言い換えられていますが,それにしても この二つ以外の糖尿病が他にあったのです.
Ahlqvist博士は,この分類を行ってみて強く危機感を抱いたのは,上表中で,MOD=単純肥満型の軽度な糖尿病と,SIRD=強いインスリン抵抗性の重度糖尿病では,一見よく似ているけれど,後者のSIRDは,まだHbA1cがそれほど高く(悪く)ないのに,ある時突然腎機能があれよあれよと低下して,早期に腎臓透析になってしまうという点でした. 『肥満が原因の糖尿病だし,まだHbA1cはそれほど悪くない』と医師も本人も楽観していると とんでもないことになりますよ,と警告したのです.
ただしAhlqvist博士がこの分類に用いた指標の2つ:HOMA2-βとHOMA2-IRは,一般の医師には使いにくい指標でした.糖尿病で通院している人でも この2つの指標の数値を言われた人は少ないでしょう.
この点を 上記のIMI;RHAPSODYプロジェクトでは改良しました.HOMA2-β/IRに代えて,HDLコレステロール,C-ペプチドにしたのです.こう変更しても,やはりAhlqvist博士の分類は再現されました. それだけでなく HDLを分類指標に含めていなかったAhlqvist分類では見落とされていた MDH:Mild Diabetes with High-HDLというタイプの糖尿病が存在することが見出されたのです.
では,このMDHとはどういう糖尿病なのでしょうか. 糖尿病になる前からHDLが高い,つまり先天的にそうだったのでしょうか? それとも糖尿病発症以降にHDLが高くなったのでしょうか?
MDHの特徴
MDHの人の共通した特徴はこの通りでした.
- HDLが高い
- 年齢は高め
- BMIはもっとも低い
- C-ペプチドは 低い.つまりインスリン分泌は少ない
- HbA1cも低め.しかもそれが悪化する速度はきわめて緩やか
最後の特徴から,このMDHの人を診断している医師から見れば,治療を強化する理由が見当たらず,結果として インスリン投与に至るまでの期間がもっとも長くなる(遅くなる)
以上が前回記事までの概要です.
MDHとは
では,どういう理由でこのようなタイプが存在しているのでしょうか? さらに MDH以外のタイプ,つまりSIDD,SIRD,MOD,MDタイプの人も含めて,その体内では何が起こっているのでしょうか?
これを解明すべく,上記の5つのタイプの『2型糖尿病』の違いについて,徹底的に調べた文献が発表されました.
まず,この文献の著者の人数に驚いてください. こうなったのは,極めて広い範囲を網羅的に,つまり予め『これとこれを調べてみよう』という予断を入れるのではなく,調べられるものは すべて調べつくすという立場で臨んだからです.
その『調べる範囲』とは すべての対象者本人の『分子署名(Molecular Signatures)』です.具体的には;
遺伝子解析
本人の遺伝子を全解析する
代謝物解析(Metabolomics = Metabolic + Omics)
本人の人内の代謝に関与する物質(アミン、アミノ酸、有機酸、脂肪酸、糖など)を調べる
脂質解析(Lipidomics = Metabolic + Omics)
本人の血中脂質を調べる
蛋白質解析(Proteomics = Protein + Omics)
本人の血中蛋白質を調べる
これらすべてを調べたのです. 要するに 人体内に存在するものすべての棚卸です. これらを調べ上げて,SIDD/SIRD/MOD/MDH/MD の5グループで,どこがどう違うのか,その差分だけを着目したのです.
遺伝子リスクの違い
先天的に有している遺伝子が,どの病気(症状)に対してリスクが高い(図→方向)か低い(図←方向)かを示しています.★印をつけた項目は統計的に有意で,赤い★は有意に高く,緑の★は有意に低いことを示します.これを見るとやはりSIRDの人は,膵臓β細胞障害やインスリン不足に陥るリスクが低い,しかもきわめて低いことがわかります.言い換えれば 膵臓が丈夫なのです.先天的にインスリン ドバドバの体質と言えるでしょう.
MODの人はやはり肥満に陥るリスクが有意に高く,かなり遺伝に左右されていることがわかります.
そして MDHの人は,やはり膵臓β細胞障害のリスクが高いことがわかります. ただし図の一番下の脂質異常症リスクは有意差ギリギリで低いのです.つまりMDHの人は 脂質の代謝はかなり得意で,皮下脂肪であれ,内臓脂肪であれ,うまく体内で処理できる体質傾向があるようです.
代謝物質の違い
人体内で何が起こっているのか,つまりどういう物質が増えていて,どんな物質が減っているのかを SIDD/SIRD/MOD/MD/MDHのタイプ別に調べた結果はこの通りでした. 非常に多数の物質の体内濃度を調べたのですが,ここでは差分解析,つまり5つのタイプ間で差があったもののみを示しています. これら以外の物質についてはタイプ間で 有意差がみられなかったからです.
すぐに目につくのは,肥満型タイプのSIRD/MODでは この円の左側のロイシン(Leucine),イソロイシン(IsoLeucine),すなわち分岐アミノ酸(BCAA)の血中濃度が非常に高い(赤い)のに,MDHの人は逆に非常に低い(青い)ことです. またMDHの人だけが 図の右上のタウリン(Taurine)が高いです.
分岐アミノ酸(BCAA)は,筋肉を増強するサプリとしても販売されており,この血中濃度が高いのは いいことのように思われるかもしれません. しかし臨床では 体内のBCAAの血中濃度が高いことはインスリン抵抗性が高いことと相関しており[PDF],決して喜ばしいことではありません. BCAAは必須アミノ酸ですが,体内では合成できません. つまり体内にBCAA合成経路は備わっておらず,存在しているのは BCAA分解経路だけなのです. 常時BCAA濃度が高いということは,この分解経路が阻害されていると考えられるからです.
MDHの人でタウリンが多いことは,一般的にはGoodでしょう.タウリン値は過剰になっても排泄されますが,不足すると血中コレステロール/中性脂肪が増加するからです.
脂質の違い
体内の脂質を タイプ別に比較した結果がこちらです.
上記と同様に タイプ間で差があったもののみ示していますが,目がチカチカしますね. 個々の脂質を見るのではなく,種類別に見ると,図の左上にある中性脂肪の群は,すべて SIRD/MODの肥満型で高い(赤い)こと,そしてMDHで低い(青い)と,明瞭に正反対になっています. どちらがいいのかは 皆さまよくご存じの通りです.
さらに右下のホスファチジルコリンにご注目ください.MDHだけが高く(赤く)なっています.ホスファチジルコリンとは,脂質にリン酸基や蛋白質が付加したもので,ちょうど石鹸のように 水にも油にもよく溶けます. ですので,この濃度が高いのは,肝臓で脂肪蓄積しにくい,すなわち脂肪肝になりにくいことを示しています.
肥満型(SIRD/MOD)とMDHとで,脂質代謝が正反対であることは読み取れましたが,では,その脂質の中身についてみるとどうなのでしょうか?
それがこちらです.
脂肪酸の長さ(鎖長)[上図]と,脂肪酸の不飽和結合の数[下図]とで,タイプ別の違いを見たものです.
MDHの人は どのような脂肪酸であれ,血中濃度が低いのですが,SIRD/MODの肥満型はどちらも高く,特にSIRDは鎖長・不飽和度とほぼ無関係に高いことがわかります, つまりSIRDとMDHとは 完全に正反対であることがよくわかるデータです.
棚卸の総まとめ
最後に数多くの代謝物質を調べた結果の概要をまとめるとこうなりました.
インスリン抵抗性が高いことを反映して,SIRD/MODの分岐アミノ酸,脂質は高くなっています.
一方MDHではリン脂質が高いですが,これは上述の通り 脂肪肝になりにくいことを表しています.スフィンゴミエリンとは 聞きなれない物質ですが,これは 神経細胞,特に中枢神経細胞の細胞膜を構成する物質です. この物質はMDHだけが高く,それ以外は低い傾向にあります.MDH以外では 神経障害が起こりやすくなっていると想像されます.
こう見てくると,MDHではインスリン分泌がやや弱いこと以外には何も悪いことが起こっていない,逆に肥満型,特に SIRDでは最悪の組み合わせではないかと思われます.
にもかかわらず,現在の日本では これらはすべて『2型糖尿病』であって同じだと分類されているのです.
おかしいですよね.
Source: しらねのぞるばの暴言ブログ
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