乳がんになった
30代発症
“しこりとわかるまで
9年前後かかる”
と、言われていることを考えれば、
おそらく20代から左の乳房には
がんができていた
が、見落とされた
検査もせず、
“年齢”と“コロコロとよく動くしこり”
というだけで、
良性腫瘍である“乳腺繊維線種”だと
診断を下された
そして4年8か月放置
がんとわかる
「死ぬんだ」と思った
「いつまで生きられる?」と
残された時間を考えた
見落とした医師を恨んだ
なぜ、
「定期的にみていきましょう」と
言ってくれなかったのか
なぜ、
しっかり検査ができる大きな医療機関を
紹介してくれなかったのか
なぜ、
「そのままにしておいていい」と
言ったのか
「私の人生、返せ!!」と
何度も何度も思った
「命を救うはずの医師によって
命を縮められた」と思った
絶望しかなかった
どれほど泣いたか...
そんな私が、今、生きている
一度は死を目の前にして...
痛い手術をして...
腕も少し不自由になって...
治療ではつらい副作用に5年耐えて...
治療が終わっても
ずーっと体調が悪くて...
「がんを経験したんだから、
もう怖いものはない」
そんなおかしな自信まで持っていた
いや、本当は再発に怯えていた
再発が怖かった
まだ完治には至っていない乳がん
終わりがない
きっと最期まで
完治がどうかなんてわからないのだろう
これで終わりだと思っていた
がんが最強な病気だと思っていた
でも病は訪れる
それは突如として
それが、先天性の臼蓋形成不全
そして変形性股関節症になっていたこと
治ることはない病
進行していくだけの病
幸いなのは、がんとは違い、
命にはかかわらないこと
それでも毎日、
恐怖と不安に襲われる
痛みもある
歩行も
思うようにはいかなくなってくる
両股関節、
人工関節になるのかと考えると、
「手術はしたくない」と思う
手術の痛み
長期間のリハビリ
まともに歩けるようになるには
かなりかかるらしい
人工関節になれば生活の制限もある
たとえば、20代や30代なら
“手術”という選択肢はあるだろう
未来もある
体力もある
さすがに私にはもう自信がない
そんなこんなで、突発性難聴発症
早朝、突如として失われた聴力
半年経った今も続く治療
もう完治はしない
ボイラー室にいるような耳鳴りも、
一生消えることはない
それでも続く投薬治療
それは、悪化させないため
現状維持をしていくため
終わりは見えない
「この次は
なにが待っているのだろう」
なにも知らないまま待ち受ける未来
「あなたは将来乳がんになります」
「あなたの未来は、
治らない股関節の病気になります」
「あなたは何年後に、
耳が聴こえなくなります」
「あなたはこのあと――」
そんなふうに知っていたら、
未来が来るのが怖くなる
きっと未来は知らないほうがいい
もうつらいことは要らないよ
素敵なことで人生輝かせたい
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Source: りかこの乳がん体験記


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