フリーランスというキャリア①準備編

その他ドクター

 

フリーランス医師。

それは特定の医療機関に所属せず、非常勤やスポットの勤務で生計を立てている医師のことである。

フリーランスの魅力は「勤務医よりも高給かつ自由度も高いワークスタイル」とされている。

 

実際にはどうなのか。

自分も以前フリーランス医として働いていたことがあるので、今回はその経験について書いてみる。

 

これまでのキャリア

 

最初にこれまでのキャリアについて。

当初、研究の道を歩もうとしていたが、力不足から挫折。

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その後、大学から総合病院へ移る。

 

そこで管理職を任された自分は、張り切って診療、学術、教育に臨んだ。

しかしそこでもうまく適応できなかった。

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また自分の政治力のなさも問題であった。

政治力のあるリーダーは医局と交渉し、優秀な人材の確保のために最善を尽くしていた。

一方の自分は何の政治的なアクションもせず、指をくわえて見ていただけ。

そして組織の戦力は弱体化していった。

 

加えてミッドライフクライシスである。

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会社員人生には前半戦と後半戦の2つの段階があるそうだ。

 

  • 前半戦:~30代中盤
  • 後半戦:30代後半~

 

20代から30代は目の前の仕事に懸命に取り組むことで、成長の実感や満足感を得ることができる。

 

しかし40歳あたりで仕事に一定のメドがつき、ルーチンワークばかりになってしまう。

この時期に働く意味に疑問を持ったり、面白みを感じなくなったりすることが多いのだという。

 

自分もこの壁にぶち当たっていた。

知識や手技が頭打ちになって、なんとなく感じる「満たされない気持ち」。

 

その対策としてよく言われるのが、「目の前の仕事をきちんと見直して、自分なりに工夫すること」。

しかし学会活動であったり、臨床研究であったり、日々の仕事を充実させるべく取り組んでみたが結果は変わらなかった。

 

キャリアチェンジ

 

こうなったら環境を変えるしかないと、大学への復帰を画策。

もう一度出世の道へ戻れないか、と考えたわけである。

 

一旦は大学へ復帰の方向へ動いたが、自分の後任候補が人事を断り、話が流れてしまう。

人事を断ることができるのか…と驚いたが、大学へ戻ることも叶わなかった。

 

となると残されたのは、医局を辞めて開業するという選択肢のみ。

しかしSNSを見ていると、開業したとしても、結局同じ壁にぶち当たってしまうようだ。

勤務医を辞めた理由の一つに「先が見えた」というのもある。経験を積むにつれ成長の速度が鈍化し、自分がプラトーに達しているかのような感覚。それが開業という真新しい世界で何か変わるのではないかという期待。

そして開業が軌道に乗ると再びプラトーが見えてくる。打開するには分院しかないのか。

Twitterより

 

踏ん切りがつかず、ただ時間だけが過ぎていった。

 

そんなときに知ったのが「サバティカルタイム」という考え方である。

 

サバティカルタイム

 

音声メディアのボイシーで放送中の「ワーママはるラジオ」(現在は「学びの引き出しはるラジオ」)。

パーソナリティは外資系企業に勤務するサラリーマンの女性尾石晴さん。

仕事と家庭をいかに両立するか、というライフハック的な内容が面白く聞いていた。

 

ある日、晴さんが外資系企業を退職すると発表された。

その理由は「第二の職業人生」を模索するため。

 

これからは人生100年の時代、一つの仕事だけで生きていくには長すぎる。

40代でサラリーマンの生き方に区切りをつけて、自分で稼ぐ力を身につけるべきなのではないかとのこと。

 

そこで彼女は、様々なチャレンジをするための時間を確保すべく、年収1000万円の外資系企業を辞める決断をした。

晴さんはこの期間を、第二の職業人生を模索するためのモラトリアム期間「サバティカルタイム」と呼んでいた。

1年目でいろいろチャレンジして、仕事になりそうな種を見つけ、それを2年目は仕事として育てよう。サバティカルタイム終了後は、それを本業にしよう。

「40歳の壁」をスルッと越える人生戦略

 

この内容は自分に刺さった。

 

出世の道は絶たれたのだから、失うものは何もない。

自分もサバティカルタイムを取ってみよう。

そして様々なチャレンジをしてみよう。

 

まず色々な場所で非常勤で働いてみる。

今後、開業がいいのか、それとも総合病院の勤務医がいいのか、クリニックの雇われ院長という道もある。

 

それから診療業務以外の収入がないことも問題である。

人生100年時代、一つの収入源のみに頼った働き方には限界がある。

なんとかして診療業務以外の収入源を作りたい。

もしかしたらフリーランスをしながら、自分のビジネスで生きていくこともできるかもしれない。

 

そう考えて医局を辞めることを決めたのだった。

 

重い決断

 

医師免許があれば、一般企業のサラリーマンと比べて再就職は容易である。

しかもフリーランスでも十分な収入が得られる。

こんなに恵まれた環境は他にはないだろう。

 

とはいえ実際に辞めるのは、かなり重い決断だった。

本当に良いのか…と何度も自問自答した。

 

自分のように、転職をするときに恐怖を感じる人はとても多いのだという。

その理由は転職が「初めての意思決定」だから。

 

意味のある意思決定とは、必ず何かを捨てることを伴う。

意味のある意思決定とは、必ず何かを捨てることを伴う。

これまでの人生でそんな決断をしたことがあるか?

 

多くの人は普段何も意思決定しないで生きている。

転職に恐怖を感じるのは、人生で初めて何かを手放すことになるからである。

 

自分もこれまで大学→就職とレールの上を歩いてきただけ。

その後の病院の異動もすべて医局の指示で、自分で決めたことは何もない。

 

つまりこれが初めての意思決定なのである。

しかし何かを手放す恐怖を乗り越えなければ新しい仕事人生は手に入らない。

 

こうして勇気を振り絞り、モラトリアム期間「サバティカルタイム」を取得することになったのだった。

しかし…

つづく

Source: 皮膚科医の日常と趣味とキャリア

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