熱田神宮④ 清水社【今こそ、“真”の姿を】

その他

熱田神宮の本宮後方にございます“こころの小径(こみち)”には、歩み進めますと道なりに複数の摂社へお参りすることができます。

地元の方々でしょうか、ごく慣れたように、小径内の摂社を足早に巡っていらっしゃり、熱田神宮が本宮のみならず人々の様々な思いを遂げる場になっていることを感じることができます。

途中、ちょうど小径の突き当りに「清水(しみず)社」が現れます。

御祭神は、水を司る神「罔象女神(みつはのめのかみ)」です。

この清水社をお参りしたのち、次なる摂社へ進もうとした際に、幾人かの方が、なぜかお社(やしろ)奥へ階段を下りて行かれるのに気づきました。

清水社の裏手には、“お清水(しみず)さま”という名で呼ばれる湧水があり、その水で目を洗えば目が良くなり、肌を洗えば肌が綺麗になる、という信仰があるとのことでした。

興味が沸いたので、わたくしも石段を下ってみましたところ、皆様、柄杓(ひしゃく)にすくった水を、湧水の水面から少し顔を出している穴ぼこのようにくぼんだ石めがけ、数メートル手前から水を飛ばすようにして、せっせと投げ掛けていらっしゃいました。

“3回水をかけて願掛けをすると願いがかなう”というものだそうで、勢いよく水をかけては祈り、また、湧水の水を肌につけるなど思い思いに忙しくされていらっしゃいます。

せっかくですので、わたくしも、水を3回投げかけてみました。うまく当てるのは意外と難しく、やや飛距離をオーバーしてしまった感じです。

折しも、この時間は、予報以上にどしゃ降りで、わたくしが空からの水をかぶっているのか、はたまた、願掛けの石に水をかけているのか分からない状況で、一人思わず笑ってしまいました。

本日は、「清水社」の神よりの御言葉をお伝えいたします。

Rinokia

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「どのようなときも、あなたがたは、常に“真”(※ここでは“真っ直ぐ”という意味です。)でありなさい。

世(世の中)を生きれば、当然、自分の思う通りにならぬこともあります。考えもせぬことも生じ、あるいは幾多の民の関わりのさなかにあって行く末(=結果)は変わり、むしろ、自らの意のままに物事が成されることは少ないでしょう。

そして今や、一つの現象が、まさに身近(な出来事)に収まらず、総じて世を渡るほどの(=世界規模での)動きであるからには、真実(実際には)、これよりの(=今後の)道のりを見極めること、そして、自らの志を遂げる(貫く)ことは実に難しいと申せます。

そして、多くの人の苦しみのさなか、人たる生命は、か弱き面を含んでいるゆえ、時により醜(みにく)き(=醜態ともとれる)おこないすら成す、ここに、これまでの人類の歴史に見る、深き悔恨(汚点)を幾度も垣間見ることでしょう。

どれほど荒廃した時代も、人は己の意思(意志)により、各々の行動を示してまいりました。

混乱したさなかにあっては、もはや身も心も、平生(へいぜい)ではいられぬでしょう。

ですが、混乱する姿はまた、さらなる世の混乱を呼び、そして新たな恐怖(危惧)さえ引き起こすのです。元来の(=元々の)原因のみならず、そこから派生した新たな脅威は、とどまるところを知りません。

けして綺麗ごとではなく、いつか、この脅威の連鎖は断ち切らねばなりません。

目前の(脅威の)連鎖を断ち切るのは、なにもかも、あなたがたのおこないこそです。

ですから、今こそ、一人ひとりの尊き姿ーーー 何を今するべきか、何を自制せばならぬのか、感情に流されず、浮かれず、そして(気持ちを)無碍(むげ)に沈めず、ただ誠実な心に従い、正しきおこないを、自らこそがおこなっていく、その真の(真っ直ぐな)“強さ”を得てまいりなさい。

繰り返し、繰り返し、遅々として打開されぬとも、なお気持ちを途切れてはなりません(諦めてはなりません)。

己の信念の実直たる姿は、この世の美しき潤い(※ここでは生命に不可欠な水にたとえています。)は、長き時(時間)を経て、ついには、高々と聳(そび)える岩窟(※ここでは、打破することの困難な状況、という意味です。)さえも、風穴を開けることが叶うでしょう。」

(熱田神宮⑤へ続きます。)

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Source: 神々からのメッセージ

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