※筆者より【ご質問への回答⑦ 前編:多くの人に死をもたらした魂に、あの世での“恩赦(おんしゃ)”はあるのか】

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前回の記事では、ご質問への回答に交え、かつてこの国の一時代を築いた戦国武将の、死後の御霊の様子を書かせていただきました。

わたくし自身、普段は、もとより人間の感覚で日々を過ごしておりまして、一般の方と同じように、悲喜こもごもの生活を送っております。

しかしながら、霊の世界の諸々について、折に触れ、その様子を垣間視ますと、(人間の感覚からすれば)なんと厳しいことか、と複雑な気持ちを抱いてしまいます。

“悪いことしたら罰(ばち)が当たる”などと、わたくしたちは戒めとして用いますが、霊的に定められた物事から逸脱したおこないを、現象界でおこなうことは、少なくとも、霊界では、(罰が)当たる”などという生易しいものではなくなります。

それは、“当たる”ような、ふいの出来事ではなく、むしろ本当に厳しい意味での審判が、いずれの御霊にも、生前のおこないの程度(良し悪し)によって下され、必ず受け入れなければなりませんので、けっしてプレッシャーの意味ではございませんが、わたくしたちはよくよくこの真理を理解し、覚悟して、この現象界を生きねばなりません。神は本当にすべてを御照覧です。

話は若干反(そ)れますが、世の中で言うところの悪事を、平気ではたらいてしまう方がありますね? ひいては、たとえば家庭内や、あるいは友人間などでも、知らず知らずに、気の緩みもてづだってか、ついついやってしまう(言ってしまう)こともあるでしょう。

悪事を見れば、“まぁ、こんなことをして!”と批判する気持ちも起こります。社会では様々な規律があって、それをお互いが守ってこそ秩序が保たれるゆえです。

ですがそもそも、この世は自由意思の現象界ですから、わたくしたちは、ある意味何をしても良いのですが、半面、社会の規律を整え、あるいは、互いに生きていく(生活していく)ためには、自らの良心に従い、自制心をもって言動を適切におこなわなければなりません。

それら諸々の言動は、現実的に誰が見ているとか、そうでないなどとは関係なく、“わたしはこういうことを、自らの意思でしていますよ”という、天へのれっきとした“意思表示”となります。

では、わたくしが霊的な観点から、たとえばその悪事を目撃したとしましょう。

このときもっとも強く沸き起こる感情は、“驚き”です。

当人が悪事を“選択する”ことに、“本当にそれをするの!?”とむしろ驚きを強く感じてしまうのです。

“そんなことしてしまってもいいのだろうか。あの世で大変なことになるのに・・・”という思いが、わたくしの頭をもたげることになります。

どの人とて、神と、そして天より応援してくださる御霊たちからすれば、何ものもにも代えがたい、本当に大切な存在です。

今が良ければいいくらいの気持ちで、当人はその悪事をするのかもしれませんが、現象界での悪影響や迷惑は言うに及ばず、“あなたが今そのようなことを平気でおこなったら、いつの日かあの世へ帰っても、神様たちにゆめゆめ顔向けできないでしょう!”、わたくしはそう思ってしまうのです。

以前もブログで書かせていただきましたが、わたくしたちは、天へ召されますと、自らの生前のおこないを“走馬燈(そうまとう)”のように、それこそ、一瞬の心の動きから、さらには周りの人々との関わり合い(周りにどのような想いを抱かせたか、あるいは影響を及ぼしたかなど)を、“すべて”見せられることになります。

何より、自分の生前の姿を、自分が客観的に見るのですから、もう言い訳の仕様もありません。表も裏も筒抜けで、自分のありのままの姿を目撃し、そして深い反省の域に入るのです。

これは、一市民であろうが、あるいは、かつての戦国武将であろうが、皆、同じです。

あの世にいたとき、次なる転生に際し、自らの意思で、これこそという課題を決めたり、あるいは、神と相談しつつ使命を導きだしたりするのですが、いずれも、最終的にはやはり自身で“Go!”と決めるのが、霊の世界の理(ことわり)です。

それを“基準”にして、生前の行いについて、天は審判を下します。

無論、神はそれこそ数限りないほど多面的な状況を汲み取り、その御霊にとってもっとも適うとされる処遇までを判断されますので、“天国か地獄か”というに二者択一のような状況にはなりません。霊界が、“多層”であるのは、そのためです。

さて戦国武将は、それなりに大きな使命を掲げ、当時の時代にあって、多くの人々の、それこそ生き死にをも左右するほどの影響をもつことを請け負った魂であることを、前回の記事で書かせていただきました。

そうであるならば、もしかしたら、たとえいまだ人間としての転生は叶わずとも、あの世での何かしら大切な役割が与えられることがあるのか、ひいてはその前段階として、“恩赦”(おんしゃ:特別な恩典によって許され、刑罰などが軽くなること)や、あるいは一時的な釈放がされるようなこともあるのか、というのが、今回コメント欄にいただいきましたご質問です。

なるほど、わたくし自身も、かつての戦国武将などの墓前に伺う際、ついつい本音で、“なぜ、あの時代、そのまま生きてくださらなかったのですか”と、無念の想いをお伝えすることも実はございまして(※武将たちからは、この際様々な返答をいただきます)、世に傑出する存在の、命の儚(はかな)いのは、まさに世の損失という思いさえいたします。

もし、それらの猛者(もさ)たちが、その尊い命を、寿命がまっとうされるまで生き長らえ、志高く世の為になお生きてくださっていたなら、後世、きっと変わったこともあったはずだとも思えてしまうのです。

次回へ記事をまたいでしまいますが、上記の真実について、詳しくお伝えさせていただければと存じます。

(後編 へ続きます。)

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Source: 神々からのメッセージ

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