6月14日、越前市の曹洞宗金剛院には曹洞宗、浄土真宗本願寺派、真宗大谷派の3宗派から12人の僧侶や門徒が集まった。宗派を超えた僧侶でつくる「TERRAねっと福井」(佐々本尚代表)主催で、この日は3度目の会合だった。
佐々本代表は「家族といえども亡き人のすべてを知っているわけではない。誰が通夜葬儀に参列するかは遺族が決めるのではなく、生前に世話になるなどして見送りたいと感じる人が決めるべきでは」。簡素化の傾向に疑問を感じていた中で仲間からの呼び掛けもあり、話し合いをすることにした。
>「家族といえども亡き人のすべてを知っているわけではない。誰が通夜葬儀に参列するかは遺族が決めるのではなく、生前に世話になるなどして見送りたいと感じる人が決めるべきでは」
生前の知人だと家族の知らない方達にかき回されて良いのか?
盛大にするその費用は生前の知人が全額持つことでオケ?
>会合では、ある僧侶は小規模葬の流れについて「葬儀は義理や付き合いで参列するケースが増えた。本当に悲しんでいる肉親だけでという気持ちが働いている」と分析した。
いや、会社関係とか、元々「義理や付き合いで参列する」モノでしょ??
サラリーマン時代、知らない方の葬式に何回も行きましたし、、
>「葬儀が命の尊厳を感じられない場になっているなら、責任の一端は僧侶にある」とも指摘。普段からの僧侶と檀家、門徒の付き合いが葬儀の雰囲気につながっているとした。
命の尊厳、、葬儀の場で感じても手遅れでは無いですかね?
>経済的な不安に関する意見も出た。ある僧侶は「小規模葬になれば僧侶の仕事が減り、収入減になる。寺の存続が難しくなる」。
まぁココが一番なんでしょうけどね。
江戸時代、幕府はキリスト教禁止令を発布し、やがて寺請制度を確立させ、民衆がどのような宗教宗派を信仰しているかを定期的に調査するようになる。これを宗門改と呼び、これによって作成された台帳を宗門改帳と呼ぶ。
一方、安土桃山時代に豊臣秀吉によって兵農分離が行われると、領主は城下町に置かれることとなり、そのため所領を詳しく調査する必要が出てくる。特に夫役に関して、負担可能な者を調査する名目の人別改が行われるようになり、これによって作成された台帳を人別改帳と呼ぶ。
宗門人別改帳(しゅうもんにんべつあらためちょう)は、江戸時代の中期に宗門人別改で宗門改帳と人別改帳が統合された民衆調査のための台帳。現在で言う戸籍原簿や租税台帳である。宗旨人別改帳とも呼ばれる。名義変更が遅れないかぎり、宗門人別改帳の筆頭者は検地帳の土地所有者と記述が一致する
寺が幕府の支配機関としての役割を果たしただけで、、
檀家制度(だんかせいど)
とは、寺院が檀家の葬祭供養を独占的に執り行なうことを条件に結ばれた、寺と檀家の関係をいう。
寺請制度(てらうけせいど)、あるいは寺檀制度(じだんせいど)ともいう。江戸幕府の宗教統制政策から生まれた制度であり、家や祖先崇拝の側面を強く持つ。
まぁ信仰が廃れていくのは、、制度の継続だけしてきたお寺さんの責任です。
しかし、、元々仏教って、、葬式坊主じゃないんですから、、、
コロナで寺で葬式しないと寺側が言い出せば、、
巨額の葬祭費を請求する葬儀屋ではなく、、
小規模葬でも簡素でもなんでもしてくれる葬祭屋が今後のメインになるのは仕方ないですね。
私も昨年親族の葬式で実際に利用してみましたが、、
必要十分だったと思います。
「何式」で行うか、、故人を送る方法は、故人とご家族の自由なんです。
坊主が原点に還るのであれば、、、釈迦の如く「ホームレスと辻説法」を始めることです。
それは出来ない、つまりビジネスなんですから、いちいち祈りだとか信仰心とかは持ち出さないことですね。
マトモな寺は残りますよ。
取り敢えずこの辺で。
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Source: 身体軸ラボ シーズン2
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