DCCTやACCORDなどの大規模試験結果から,食後の急激な血糖値の乱高下を防止するためには,カーボカウント,つまり その食事に含まれる炭水化物の量をあらかじめ見積もる方法を患者に指導した方がいいという声が,医師・管理栄養士からも上がるようになってきました.
それまで食品交換法では『カロリーの交換』だけを患者に教えてきたのですが,さすがに学会としてもその声は無視できなくなりました.
2009~2011年 最初は静かな検討会だった
2009年 日本糖尿病学会の『論争』
2009年の第52回日本糖尿病学会で,下のタイトルで “Controversy”(論争)が行われました.糖尿病患者への栄養指導において,カーボカウントを導入することの是非についての討論会です.
2人の講演者が,それぞれ 『是』と『非』側に分かれて[★],それぞれの主張を展開するという企画です.
[★]ただしこの企画を含め,学会のディベートにおいて,あるテーマの是非につき『対決』が行われても,『是』側,『非』側 共に ご本人がそれを固く信じているというわけではありません.ただ企画の都合上,その『役割』を演じているだけです.
私はこの頃は,まだ自分が糖尿病だということに気づいていなかったので,この学会には参加していませんでした. そこで上記の資料を見ると,
まず『否』側代表して,大阪赤十字病院の堂川冴子先生が,
あまりカーボカウントを強調すると,患者は炭水化物量だけに目を奪われて高脂肪食にならないか
という『懸念』を表明しています.
それに対して『是』側の大阪大学医学部附属病院の長井直子先生は,
食品交換表のカロリー設定の範囲で行えば,カーボカウントは 有用なツールである
との意見です.
つまり両者ともカーボカウントは否定していません.ですから,厳密にはこれでControversy『論争』といえるのか,というほどの穏やかな意見表明です.
それよりも,むしろ お二人の冒頭の立場表明で;
否側:
1型糖尿病の食事療法の手段として,カー ボカウント法が普及しつつある.
是側:
米国では,10 数年前からカーボカウントは血糖コントロールのため の有効なツールであるとして,食品交換表による食事指導とともに用いられてきた.
前者がカーボカウントはインスリン使用を前提とする1型糖尿病に限定される方法であるとしているのに対して,是側は2型も含めた血糖コントロールのための一般ツールである,としており,かなり認識が違います. むしろ,その違いこそをControversyのテーマにすべきではなかったのかとまで思えます.実はこのカーボカウント=1型専用なのか,そうでないのかは後々まで尾をひくのです.
2011年 日本糖尿病学会 『シンポジウム』
2011年の第54回日本糖尿病学会では,『食品交換表にカーボカウントを組み入れる』という案についてシンポジウム(検討会)が行われています.
このシンポジウムでは5本の講演が行われています. 通常日本糖尿病学会のシンポジウムでは,[1つの講演が30分] + [すべての講演後の質疑応答30分] なので,合計3時間ほどのシンポジウムだったと思われます.
各講演の内容を 私が勝手に1行要約しますと,
- S19-1 『カーボカウント法の考え方とその功罪』
- 東京女子医科大学/内潟安子
- カーボカウントだけで正確に食後血糖値を予測できるわけではないことに注意を払うべきである
- S19-2 『1型糖尿病とカーボカウント』
- 大阪市立大学大学院/川村智行
- インスリン注射をしている患者は,カーボカウントを積極的に利用すべきである.
- S19-3 『1型糖尿病以外の糖尿病とカーボカウント』
- 徳島大学/黒田暁生,松久宗英
- 食品交換表と共に用いるべき カーボカウントは精緻に行う必要はなく,糖質の簡易見積でも十分有効である.
- S19-4 『カーボカウントの指導の要点』
- 日本女子大学/丸山千寿子
- カーボカウントは単純なものではないことを患者によく理解させるべきである
- S19-5 『食品交換表の近未来』
- 京都大学医学部附属病院/幣憲一郎
- 食品交換表だけでは「カロリーの高い食品」=「血糖値を上げる食品」と誤解する人が多い. 炭水化物量を考慮した別な指導方法=カーボカウントの併用は必要だ
このように 糖質による血糖値急上昇を防ぐために,食品交換表の補完ツールとして,カーボカウントを どのように組み込んでいくか という,ごく穏やかな かつ建設的な検討です.
2011年まではこうだったのです.ここまでの経緯を見ると,『食品交換表にカーボカウントの概念を追加する』こと自体への 反対意見は皆無です.したがってこのまますんなりと決まってもおかしくなかったのです.
ところが 翌 2012年からは 険悪な雰囲気がただよい始めます.
[35]に続く
Source: しらねのぞるばの暴言ブログ
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