患者は日の出を待っている
日本が敗戦直後で,その日の食べ物すら事欠いていた時代から,やっと現在までたどり着きました.
本来であれば,最終回は今年の第63回日本糖尿病学会につなげる予定だったのですが,10月のWEB開催のプログラムを見ると,食事療法に関するシンポジウムはこの1本のみで;
しかも,件名をみる限りは,相変わらず『カロリー制限食』の枠組みのようですから,あまり期待はできないかもしれません.
連載の動機
純粋に日本糖尿病学会や日本糖尿病協会のパンフレットに従って,忠実に 炭水化物60%/ 1,600kcalのカロリー制限食と運動を継続していたのに,どんどん悪化する血糖値に困惑して,専門書・海外の文献を読み漁り,関連する学会にも参加して感じたのは,『これは自分で考えるしかない』という確信でした.
しかし,ネットで情報を探しても,単に 患者向けのパンフをそのまま転記しただけのものがほとんどでした. たまに 目を惹くような文章が並ぶサイトを見つけても,ただ1本の論文・ただ一片の情報だけを根拠として断定的に書いてあるだけのものばかり.
当時は夢中で文献を集め,学会でメモを取っていましたが,ようやく時間的ゆとりも得たので,これまで 集めた 過去から現在までの糖尿病情報を『面』として整理しようとしたのが,この連載の動機です.
糖尿病の食事療法に関する主な出来事はだいたい網羅したつもりです.
この情報と自分自身のデータとを見比べて,更に安定した血糖コントロールを達成する方法を考えることが今後の方針です.
迷走
記事にも書きましたように,日本糖尿学会だけでなく,世界の糖尿病医学界では,食事療法については右往左往を重ねてきましたた.
しかし,ここまでのところを振り返ってみると
海外では その時その時での大規模試験やエビデンスを元に,機敏に方針を切り替えて打ち出してきた
つまり豹変と見えるような方針変更があったとしても,その根拠はこれこれだからと,過去のメンツにはこだわらず,常にその時点の最適解と思えることに切り替えていく姿勢です.
現時点でのADAの食事療法ポリシーなんて,つまりは『根拠が何もないことも,また一つの根拠である.よって,一人ひとり違う=個別にみるしかない』という割り切りぶりです.いくらエビデンスと叫んでも天から降ってくるわけではありません.ないものはないのです.
一方日本糖尿病学会も
(戦後の貧しい食糧事情が背景にあったとはいえ)当初は,健康維持のための最低摂取栄養素を確保して,それを上回る部分は,『患者を見て個々に考える』というのが基本だったのです.
少なくとも食品交換表第4版までは,糖尿病患者の食事療法も『治療』であり,それは医師が考えることになっていました.その時代では(どれほど実行できていたかは不明ながら),食事療法は医師の手元にあり,その参考にするための手軽なデータポケットブックとしての『食品交換表』が用意されました. つまり,『食品交換表』は単なるツールに過ぎなかったのです.
ところが,『食品交換表』は第5版で大きく変貌します. 単なる参考ツール,すなわち『使っても使わなくてもいいですが,使うと便利ですよ』という位置づけから,急に頭が高くなって
『食品交換表が すなわち糖尿病食事療法そのものである』
『医師も管理栄養士もこれに従わなくてはならない』としてしまいました. もちろん,そうすることに 完全で確固としたエビデンスがあったのなら,それは当然だったでしょう. しかし,ここまでの連載記事にも書いたように,実はエビデンスなど何もなかったのです.
つまり,日米共に 食事療法については エビデンスは見出せませんでした.その点では同じです.しかし,結果は正反対となりました. 米国は『エビデンスはないのだから,やはり個別に考えるしかない』となりました, これは 日本糖尿病学会のスタート時点と同じといえます. しかし,日本では,エビデンスがないままに どんどん『食品交換表=カロリー制限食』を神格化して,個別化とは真逆の,『病態や年齢も一切考慮しない一律の糖尿病食』を30年も続けてしまったのです.
やっと振り出しに
たしかに 昨年の仙台での日本糖尿病学会以降,糖尿病の食事療法は 多様化・個別化の方向に おそるおそる転換しようとしているように見えます.
しかし,5月に発行された 『糖尿病治療ガイド 2020-2021』に記載された『炭水化物 40%も可』という方針は,実は2012年5月の日本糖尿病学会の時点で おおむね賛成が多かったのです. この学会では,さらに『糖尿病患者にカーボカウントを指導するのは有効だ』という意見も大勢でした.ですから『糖尿病治療ガイド 2020-2021』は ,8年もかけて,ようやく 振り出しに戻っただけなのです.
ところが,2012年から最近まで 『食品交換表=炭水化物60%のカロリー制限食』を至上の理想とみなす人たちの驚異的な粘りによって,2013年の『提言』が出されたり,『食品交換表』第7版では『糖質制限食は行ってはならない』と記載されました.
医学は科学であるべき
どうして,こんなに回り道をして時間を浪費してしまったのでしょうか?
それは,1993年の時点の『肥満こそ糖尿病原因のすべて』=『だから厳格なカロリー制限食』という方針が遠因です. しかし,当時は誰もがそう思っていたでしょうから,それ自体は非難されるべきことではなかったと思います. 問題はその後です.
科学の世界では,教科書に載るような『定説』とされていたものが一夜にしてひっくり返ることは珍しくありません. 医学も科学である以上,不断の 科学的検証を行っていけばよかったのです.ここがADAと日本糖尿病学会の違いです.
ADAもたしかに 食事療法ガイドラインはコロコロ変わりましたが,それは常にエビデンスでハンドルを切ってきたからです.
しかし,日本では,1つの説に過ぎないカロリー制限食を,科学的仮説ではなく,『ドグマ』にしてしまった. したがって,方針転換はおろか いささかの変更・修正も許されない存在としてしまった.
その一例が,カーボカウントの扱いです.糖質制限食がいいか悪いかということをさておいても,糖尿病患者に『糖質摂取と血糖値との関係』=『カーボカウント』を理解させることは,何も悪いことではなく推奨されるべきことです. ところが,カーボカウントですら,『カーボカウントを悪用して,糖質制限に走る患者が多くなるから』という理由で,1型の患者以外には教えないようにしてしまった.こうなるともう医療とは言えないでしょう.
しかし,まさにその『カーボカウントは2型の糖尿病患者に教えないようにしよう』という とんでもない考えが,皮肉にも情勢変化の引き金を引いてしまいました.
糖尿病患者を日々見ている 臨床の最前線からは,患者にカーボカウントを意識してもらうことは十分に意味があると実感していましたし,学術的にもデータは豊富でした. しかも,薬物のような副作用はありえません. したがってカーボカウント自体は,すべての糖尿病患者に推奨されるべきことです.1型患者だけに限定される理由はありません.糖尿病患者のことを思えば第一優先で採用すべきだったことなのです.
ところが,食品交換表を守りたいあまり,糖質制限食を憎むあまり,カーボカウントにまでネガティブな態度を貫いてしまった. そしてインスリンを使っている1型の患者以外には認めようとしなかった(現在の患者向けパンフ『治療の手びき』でもそうです).
従来は糖質制限食に懐疑的であった栄養学関係者ですら,これには呆れたでしょう. それまで『糖質制限食は 異端の民間療法』と主張してきたカロリー制限食派が,あろうことか カーボカウントまで否定したために,すなわち 大多数が有効と認めていることまで否定したために,一挙に少数派に転落してしまったと思います. 『食品交換表を守るためなら,患者のためになることまで反対するのか』と
UNESCOの『和食文化』無形文化遺産登録もそうでした. 『食品交換表のすばらしさ』を補強するネタにしようとしたために,食文化の研究者から反発をかってしまった.
何が何でも『食品交換表』には指一本触れさせない,その盲目的な情熱が かえって自らの自由度を制約することになり,しかも作らなくてもいい敵まで増やしてしまった. 実に愚かな行為です.
東日本大震災の時には,あれほどの事態にもかかわらず冷静に行動する日本人に世界は驚嘆しました.『ルールを守る日本人』の本領が発揮されたのです.ただし,その日本人はまた『ルールを変えられない日本人』でもあります.日本人は一糸乱れぬ団結が大好きです. 全員がみな同じという姿に『美』を感じます.しかし,あまりにも 一律の糖尿病食=食品交換表にこだわりすぎました
たしかに 病院での栄養指導 最前線から見れば,規定のガイドラインがあり,それに従っていればいいというのは楽だったのでしょう.最近は病院食も外注が多いので,一律のメニューはコストダウンにもなります.
しかし.『このほうが手間が省けるから』という理由だけで治療法を選択したら,それは医療ではありません.
今 この瞬間にも日本中の病院では,男性なら『炭水化物60%/1,600kcal』,女性なら『炭水化物60%/1,400kcal』が『糖尿病食』として出されています.
この状態が 1日でも早く終わることを願っています.
食事療法の迷走【完】
[ご連絡]
長期連載を行っている間は,WordPress,PHP,プラグインなど のVersion更新が滞っておりました. ようやくこれらを手掛け始めますので,しばらく 記事更新がとだえるかもしれません. ご了承願います.
Source: しらねのぞるばの暴言ブログ
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