群馬県片品村 金剛堂【悟りの境地】

その他

片品村は、群馬県の北東端に位置し、新潟・福島・栃木の各県に接しています。

この一帯は、高山植物と湿原で全国的に名高い尾瀬国立公園をはじめ、武尊山や白根山などの雄大な山々をはじめとした自然豊かな地域です。

先頃、尾瀬国立公園の湿原を歩きました。正確には、湿原に辿り着くための山下りを併せてです(帰りは山登り)。

正直、尾瀬を歩くのにこんなに大変とは想像もつきませんでした。“夏がくれば思い出す、遥かな尾瀬ーーー”という歌のフレーズの印象のみでわれながら気軽に歩いてしまったようです。

普段わたくしは、山を登ることのほうが多いため、鬱蒼(うっそう)と茂る樹木や、たくましく生きる虫などの生き物たちを垣間見つつ、頂上までをある程度予測してペース配分していくのですが、見渡す限りの広大な平野の湿原は、いったいどこまで続くのだろうとなんとなくそぞろな気持ちになり、自然と足取りも早くなりました。

強烈な陽を遮るものが一切無い、往復数十kmの道のりは、歩み進めた分だけ再び戻る必要があるだけに、自分の体力やコンディションと照らし合わせつつ、まさに“自分への挑戦”と感じました。

尾瀬への登山口は複数あり、その一つ、片品村の戸倉からスタートしました。

早朝からの尾瀬のトレッキングでもはや疲れ果ててスタート地点に戻ったそのとき、ふと見やりますと、道路脇の急こう配の階段を上ったところに「金剛堂」の小さなお社が祀られていましたので、重い足取りを引きずりお参りいたしました。

その際に、御仏よりいただきました御言葉を書かせていただきます。

Rinokia

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「一つの物事を成す(やり遂げる)には、健康はもちろんのこと、自身を取り巻く人々(家族や友人)、あるいは、時機(タイミング)など、これらが相揃いて(相整いて)こそ、ようやく成されるものです。

それほどに、ただ一つの物事でも、事実(=内実)多面なる要素を含み、なるほど、この世は、すべてがしかるべく“巡りゆき”(=順当に物事が折り重なって)、まるで“奇跡”とさえ捉(とら)えるができるでしょう。

“修行”も、まさにこの観点です。

ただ一つのことのみおこなえば良い、というものではけしてありません。

ただ一つの、そのことをおこなうがため、あらゆる目を配し、心を傾け、“万事(=すべての物事)”を相整えていく、これがまさに悟るための修練であり、わが身(の状況・段階)を一段上げていくためにはけして欠かせません。

もしあなたが、今まさに一つのことを専心のままに(=熱心に)成そうと試みているであれば、それが叶う(※ここでは、熱心に一つのことができていること自体です。)ことを、まずは感謝することです。

先に(冒頭に)申し上げたように、すでにあなたのその“一つのおこない”には、あらゆる存在、あらゆる配慮(=手助け・応援)ありてこそ、しかるべく(おこなえる)段階を得ているのです。

さらには、一つ(物事を)成す際に、周囲をあたかも、その成就のために自ずと取り計らわれるほどの巡り(流れ)を(自ずと)創り出しているのであれば、すでに“悟り”に至ったとも申せるでしょう。

古(いにしえ)よりの賢人らは、この境地を開くべきことを、自らの霊性のままに感得(=感じ会得)していたのです。

“悟り”とは、俗界を隔てたところにあるのではありません。

絶えず人々の往来(=多くの関わり)のなかに、まるで天力(=神業)のごとく、美しくも睦び、交わる(=懇親・・親しみ合うこと)にて、創出される協和の域(=境地)が、まさに悟りの世なのです。」

以上。

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Source: 神々からのメッセージ

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