神の詩第二章第七節 3

その他

神の詩第二章第七節  3

mountain-1246297__340

続きです。

「私は弱気に圧倒されて理性を失い、何をすべきか迷っている。願わくは、何が良いのかをはっきりと語りたまえ。私はあなたの弟子である。あなたに救いを求める私を導きたまえ。(七)」
釈迦大師は、
五力
という教えを弟子たちに授けました。

これは、
修行者を解脱させるための
五つの力(信、精進、念、定、慧)
のことをいいます。

信:自分の行うことに確信を持つこと
精進:自分の行いに精進すること
念:自分の行いを心に常に留めておくこと
定:集中すること
慧:智慧を活用していくこと
密猟組織にたった一人立ち向かった元軍人のように、
この五力を合わせれば、
自分の遂行する行いが最大限発揮できるのです。

霊的進化の道に入った者は、
衝撃的な試練も失敗や挫折も、
神の計画の一部であることを
理解する必要があります。

陰と陽、
作用があれば反作用もあり、
それらを体験することが
魂の進化に繋がるからです。

人は
神の計画の全容を知ることは不可能であるために、
そこを
神への全幅の信頼によって
進むしかありません。

種子を土の中に撒けば、
やがて
芽が出て、
成長していきます。

そのための条件として、
太陽の光や暗い土や水や温度などが必要条件となります。

人の霊性が芽生えて、
成長する時にはその条件が、
神への信頼、困難、悲しみなどになります。

durian-seed-2118748__340

視点を変えれば認識は大きく変わり、
意識も自ずと変化します。

人の死は、
肉体的に見れば悲しむべきことですが、
高次から見れば、
マーヤ(幻想の世界)から解き放たれて光の世界へと還る美しいこと。

とるに足らない悩みでも、
街中にいると大きな悩みに思えますが、
いったん標高の高い山の上に登ってその街を見下ろしてみると、
いかに小さな悩みだったと感じるはずです。

高次の視点は、
想像を超えるくらい遥かに高いところにあります。

釈迦大師は、
「初発心時便成正覚」
と言いました。

これは、
「最初に興味を持ったときには、もう成功している」、
という意味があります。

興味を持つことで道が開けて、
それに向けて努力するようになる。

すると
いつかは
その道の達人になるだろうということです。

植物の種子も発芽しようと決めた瞬間に、
綺麗な花が開花する運命であり、
ドングリも芽を出そうと決めた瞬間から大木になる運命である
というとわかりやすいでしょうか。

種子が発芽したら、
どんなに美しい花をさかせることでしょう、
どんなに壮麗な樹木が形成されることでしょう。

アルジュナは、
クリシュナに教えを請うことで、
自分の意思をはっきりと示しました。


「あなたに救いを求める私を導きたまえ」

アルジュナはこう言いました。

アルジュナがクリシュナに自分の運命をゆだねたように、
人が唯一自分の存在をまるごとゆだねられるのは、
真我(クリシュナ)であり、
神です。

真我に自分をゆだねることは、
心を浄化し、
大きな経験に挑戦する時に
大きな助けとなるものです。

「真我にゆだねる」は、
ほかの言葉でも呼ぶことが出来ます。

神にゆだねる、
真の光にゆだねる、
真の愛にゆだねる・・・。

この謙虚な姿勢は、
霊性進化の道を歩み始める上で、
最も必要な資質になります。

続きます。

君が代から神が代へ 上巻
森井 啓二
きれい・ねっと
2018-12-18


今日もありがとうございます。
ブログランキング参加しています。
応援クリックお願いします。


人気ブログランキング


Source: ひかたま(光の魂たち)

コメント

タイトルとURLをコピーしました