日本全身咬合学会にて (2018 Yokohama)

では続きまして、11月24日から横浜で開催された、日本全身咬合学会での学会報告の概要を記載させていただきます。

演題名

新しく開発されたマウスピースを用いた保存的顎位治療により症状が寛解した線維筋痛症の1症例

 

~治療・研究協力医療施設~

東京都 文京区 歯科医院 3施設、渋谷区 歯科医院 2施設、新宿区 歯科医院2施設、千代田区 歯科医院 1施設、板橋区 歯科医院1施設、

東京都 新宿区 歯科技工所 1施設、青森県 歯科技工所 1施設、埼玉県 歯科技工所 1施設

 

緒言

著者は2017年の『日本全身咬合学会』で、三叉神経を中核とする神経学的反射の集合として下顎位が構成され、下顎位が最適化されることで全身の筋肉の基礎的筋緊張のバランスも良好に保たれることを立証し、こうした一連の反射の集合を口腔由来の下顎位を介した『三叉神経-姿勢制御系』として提唱した。

今回、歯牙の形態不良にともなう下顎位の異常により、自殺未遂を経験するほど重大な症状を呈していた『線維筋痛症』患者の歯科治療に協力する機会があり、歯牙の萌出傾向に関する2種類の先天性素因を考慮し、歯牙にまつわる三叉神経を介した2つの脳幹反射である『舌-顎位反射』と『咬筋-顎位反射』を利用した『顎位補正試験』を実施することで、瞬時に適切な『顎位-姿勢制御反射』を導出し、適切な下顎位を創出することができた。

さらに著者が独自に考案したArai式マウスピースを用いた保存的顎位治療により、患者の理学的所見に忠実に加療を行うことで比較的短期間で良好な治療結果を得たが、歯牙の萌出傾向において軸偏移および水平性障害の双方を合併していた症例であることが判明したので、若干の考察を加えて報告する。

 

症例

【症 例】33歳 女性  【既往歴】特記事項なし

【現病歴】日頃の疲労を癒すため通院していた鍼灸院で、『顎からくる疲れもある』と言われ歯科医院を紹介され受診する。歯科医院であるにも関わらず整体を頻繁に行う診療所で当初はマウスピースを用いた治療を受けたが症状は寛解しなかった。2012年頃にこの歯科医院が提携するインプラントセンターを紹介され、特に虫歯でもなかったにもかかわらず、右下6番・左下5-6番の3本の天然歯をインプラントへと置換する歯科処置を受ける。その後は、歯科治療を受ければ受けるほどに全身症状が悪化していき20132014年にはインプラント部分からの蓄膿と排膿を繰り返すようになるが『放置しても問題ない』などと説明を受ける。その後もさらに全身症状は悪化し左上6番にも同様の蓄膿と排膿を繰り返す症状が出現するが実効性のある治療はなかった。患者は担当歯科医師に不信感をもち他の歯科医院でセカンドオピニオンを受けたところ、『歯根部がだめになっており抜歯するしかない』との診断を受け、再び当該歯科医院で左上6番をPartialDentureへと置換することとなる。気が付くと600万円以上の財産を喪失していたが、治療前より格段に全身症状が悪化しており、治療を止めるにやめられない状況であったが、莫大な費用負担に経済的にも困窮し自殺未遂を起こしたという。2017126日知人の紹介で著者のもとを訪れた。身体所見を取ったところ、『線維筋痛症』の診断基準を満たしていることから歯科治療により発症した『線維筋痛症』と診断した。患者の希望により下顎位補正試験を行ったところ全身の疼痛症状が寛解することが確認されたことから患者は治療を希望、Arai式マウスピースを用いた保存的顎位治療を実施した。

 

初診時の理学的所見とX線所見

【理学的所見】2017126日初診
①後頸部は左側に比して右側が極度に緊張性が亢進

②前頸部は右側に比して左側が中等度の緊張性の亢進

③安静脱力時の頭位は前屈位

④腰痛があり、強い呼吸苦を訴え、努力性呼気残量は1080mlであった

当該患者の上記理学所見は、オトガイ部が右側に偏位し下顎角が左側へ偏位し、同時に臼歯部の高位の低下に伴い下顎位が後方偏位した際の症状に該当することから、こうした下顎位の異常を補正できるよう下顎位補正試験を行ったところ瞬時に全身の基礎的筋緊張のバランス障害が解除され、同時に全身の疼痛症状が寛解することが確認された。

X線所見】インプラント部分から排膿と蓄膿を繰り返している症例であることからXpを撮影したところ、Peri-inplantitisによる顕著な骨吸収像を認め、左下5番と左下6番のインプラント体が5割近く露出していることが判明した。(図1

 

≪下顎位補正試験≫

.右下大臼歯の舌側歯面にワックスを置き後頸部の左右の基礎的筋緊張が拮抗するよう厚みを調節。左下小臼歯の舌側歯面にワックスを置き前頸部の基礎的筋緊張が拮抗するよう厚みを調節(1)した。

.咬合平面仰角補正試験では、ミニスプリント方式により下顎第1大臼歯に仰角補正をおきつつ上顎第1大臼歯に置いたワックスとの間に咀嚼位を構成し努力性呼気残量を測定したところ、17度の仰角補正で100ml未満へと低下することが確認(2)された。また本症例でも努力性呼気残量が500ml未満となることで腰痛症状が軽快することが確認された。

.前後の位置を患者自身に微調整して頂き安静脱力時の頭位が正中位となるように維持して頂いた。

上記をこの順番に同時に行い患者にとって理想的な全身の筋緊張のバランスが得られ、全身の疼痛症状が消失していることを患者自身に御確認いただき咬合採得を行い咬合器へマウントし状態を観察したところ上顎と下顎の歯牙の萌出傾向に約4.0度の軸偏移(3)が観測された。

試験終了後は使用した全ての補綴物を完全に除去し、原状を回復し試験を終了しており、天然歯や既存の補綴物には一切の形態的変化を与えずに行う無害な検査方法を用いた。

 

≪治療結果-1 Firstマウスピース≫

全身の疼痛症状の寛解が確認されたことから患者は治療を希望。下顎位補正試験によって得られた下顎位を維持できるよう1stマウスピース(4)を構成した。

マウスピース装着後は12週間に1回程度の通院により安静時顎位に対する微調整をマウスピースの舌側面に施したところ、安静時顎位が適正化することで全身の疼痛症状が寛解することが確認された。

本症例は33才と若年で未婚の女性であり、全身症状が軽快した後には咬合再建を強く希望したため補綴が想定される咬合高位での咬合採得を行う必要が生じた。このため調整の終了したマウスピースを外した直後に歯牙が最も最初に接触する下顎位で再度咬合採得を行ったところ、前歯部と両側の第一小臼歯にはバイト材に透過性が確認されたが、第二小臼歯から第二大臼歯かけては上下の歯牙が一カ所も接触しておらず(5)、下顎角とオトガイ部の間に必要な高位差が確保されている事が確認された。

 

≪治療結果-2 Secondマウスピース≫

前述のようにして得られたバイト材により補綴が想定される下顎位を維持できるよう、2ndマウスピース(6)を構成し同様の調整を行ったところ1stマウスピースと同様に良好な反応が得られた。また臼歯部に創出された隙間を埋めるように可撤式のスプリント(7)を作成し、同等の下顎位が得られるよう舌側面に対する調整を行ったところ、同一の下顎位では同等の反応が得られることも確認された。さらに嚥下反射時に上顎臼歯部とスプリントが接触しない状態が得られ、全体の咬合高位にも適正な状態が維持されていることが確認された。

 

≪治療結果-3 レーザーによる姿勢の評価≫

全身の疼痛が寛解した後に良好な姿勢が維持されていることを確認するため赤色レーザーの照射による姿勢評価システム(8)を考案し撮影を行った。

2ndマウスピース装着中の姿勢評価写真(9-1)と、可撤式スプリントを装着中の姿勢評価写真(9-2)を提示する。

正面像では体軸の正中線が生理重力線に一致し、両肩の高位にも左右差がない状態が得られていることが確認され、側面像では足関節外果前方と耳垂とが生理重力線に一致し、理想的な姿勢のバランスが得られていることが確認され、マウスピースを上顎に装着した場合でも、可撤式スプリントを下顎に装着した場合でも同一の適切な下顎位が構成されることで良好な姿勢制御反射が得られ、全身性の疼痛症状が寛解することが、本症例においても確認された。

 

≪治療後の経過と考察≫

天然歯や既存の補綴物に形態変化を与えないArai式マウスピースを用いた『保存的顎位治療』により、本症例のように先天性素因の強い患者でも、比較的短期間に安全かつ安価に加療を行うことができ、経済的に困窮する患者にも費用負担をかけずに症状を寛解させることができた。

本症例は将来的に咬合再建を強く希望しているが、前医での加療により600万円以上の財産を喪失し経済的にも困難な状況にあった。Peri-inplantitisによる顕著な骨吸収像があることから、今後は造骨術と再度のインプラントの移植や本歯の再構成などといった歯科処置が必要と考えられるが、かなり多額の治療費が必要となることもあり、マウスピースでの体調の維持に努めつつ患者の経済的余力が回復するのを待機せざるを得ない状況である。当該患者は担当歯科医師から咬合・顎位を変える治療を行う際に、こうしたトラブルが起こる危険性に関する説明を一切受けていなかった。治療がうまくいず逆に顎位・咬合が崩壊した場合のリスクを説明する必要があったのではないかと思われた。

≪日本線維筋痛症学会にて≫

著者は本年9月に開催された『日本線維筋痛症学会』において、20177月から20183月までの9か月間に『下顎位補正試験』を行った線維筋痛症患者10症例の全例調査によるケーススタディを報告しており、本学会へも10症例の一覧を提示しておく。今回報告した症例は次に示す一覧のうち症例04に該当する症例であるが、一覧に示す通り著者が提唱する口腔由来の下顎位を介した『三叉神経-姿勢制御系』の存在が全症例で確認され、全例で疼痛の軽快が確認され、全例で努力性呼気残量が前傾~後傾姿勢のバランスの即時的指標としての有用性が確認された。

水平性障害を認めた患者は10例中7例で、軸偏移を認めた患者は10例中5例。軸偏移と水平性障害の両方が認められた症例が4例あり、先天性素因を有しないものは2例のみであった。

重症度はStage5例、Stage3例、Stage2例と比較的重症度の高い症例が多かったが、寝たきりや杖での歩行を余儀なくされていた患者においても全例が自立歩行が可能となり、適切な安静時下顎位を維持することがADLの大幅な改善に寄与することが確認された。

本症例のように歯科診療が直接発症の原因となっている症例が多数を占めたが、10症例の中には全く歯科での診療歴のない若年性線維筋痛症の症例や、患者自身が過去に受けた歯科診療の不具合に気がついていない症例も含まれてる。線維筋痛症の責任病巣は下顎位の異常に伴う全身の基礎的筋緊張のバランス障害である可能性が高いと考えざるを得ない。


≪下顎位補正試験を実施した10症例≫

9月の日本線維筋痛症学会でのスライド提示

 

≪歯科診療界の皆様へ≫

著者は2017年の6月に当学会の公開講座で講演の機会を賜りましたが、講演後は治療に伴うリスクをどう制御するかと高額な治療費をどう抑えるかという2つの問題点に視点を移し、既存の補綴物や天然歯には一切の形態変化を与えない『保存的顎位治療』として、無侵襲な治療方法を全く独自に考案いたしました。

著者の保存的顎位治療の中核を担うのは『下顎位補正試験』と『Arai式マウスピース』であり、経済的に困窮し、保険適応のない高額な歯科治療を受けることのできない患者様にも根本的な治療の選択肢をお届けできるよう、私財を投じ歯科技工所を設立いたしました。

20177月以降に著者の考案した診断・治療スキームは、線維筋痛症ばかりでなく、他の医科の疾患病名を持つ患者においても顕著な症状の改善効果を発揮することが確認されました。今後は著者が協力関係を結べる歯科医師とともに、医科と歯科の相互理解を深めることを目的としたStudyGroupを構築しつつ、医科において神経難病に苦しむ患者様にも、御要望があれば口腔領域における治療を安全かつ安価に提供しつつ、随時医科の関連学会にも報告を行っていく所存です。

こうした取り組みに御興味をお持ちの方は、著者の勤務先である戸田中央総合病院まで御連絡いただければ幸いです。

 

御注意

今回当学会へ御報告させていただいた『Arai式マウスピース』を用いた治療法は、著者が長年の研究の末に全く独自に考案した新しい治療法で、矯正や補綴・削合など、天然歯や既存の補綴物には一切の形態変化を与えない『保存的顎位治療』であり『咬合平面仰角補正用ミニスプリント』および『診療用ガイダンスシステム』とともに、現在特許出願中(特願2018-150927)です。

Arai式マウスピース』を用いた治療法に関するお問い合わせを頂く際には、著者の勤務先である戸田中央総合病院まで御連絡をいただきますようお願い致します。



Source: ~脳外科医 新居弘章 の 『顎位異常症』 ブログ~ 『線維筋痛症』、『慢性前立腺炎』、『顎関節症』に苦しむ方の為に・・・

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