東京都 奥多摩:小河内(おごうち)神社①【天・地・人の協奏】

その他

急な石段を登り、左右がほぼ崖のような、ある種不思議な位置に「小河内神社」の本殿および拝殿はございます。

左右を見れば限りない空と、そして青々とした樹木が眼下にも広がり、心が自然と落ち着きます。祈りには最適とも申せるかもしれません。

これまでも、かつて人が住む村に祀られ、その後村がダムの建設で水没するため、別地へ移された神社へお参りしたことが幾度かございます。

一概にはけして良し悪しなどを論じられることではありませんが、人間の生活の便利・発展のためにこうした出来事が、各地少なからず起きています。

わたくしたちが、今日々当たり前のように得ているその便利さ、安全には、誰かの犠牲があることもけして忘れてはなりません。

今回の参拝にあたっては、首都用水の広大な貯水池も垣間見て、そのありがたさを感じつつも、神は一体こうした人間側の操作をどのように御覧になっていらっしゃるのだろうと思いながら祈りました。

以下、旧小河内村に祀られていた九社十一祭神の神々の御言葉です。

どうぞご一読いただけますと幸いに存じます。

Rinokia

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「あなた(=Rinokia)も、ここ(=小河内神社)にしばし佇(たたず)めば、木々の揺れる音、鳥の鳴き声など、実に様々な“音”が聴こえるでしょう。

(筆者:たしかに、自然の音をはじめ、対岸の道路からのバイクや車などの音も、互いに邪魔することなくとてもクリアに聴こえました。)

こうして、自然物も、そして人工物でさえ、まるで“織り合う”かのように、互いの鼓動(=生命の音)を自由に奏でています。

どのようなものにも、それ特有の“音”、すなわち“響き”があるのです。

転じて、“光”と“闇”もまた、まさに響き高い“音”とも申せます。

光と闇は地上にて協奏し、互いの存在を際立たせる間柄ーーー これはまるで、天と地と人との関わりではありませんか。

そうです、こうして天・地・人は長きにわたり各々の音(※役割や性質)を奏で、そして共に歩んでまいりました。

われら(=小河内神社の神々)は、時代を経てなお日々季節の移ろいと、さらには時代の流れを見続けております。

そして、たとえ一度は瀕死(ひんし)の地さえ(※人間が介入して破壊された土地のことを指しています)、逞(たくま)しくも再び命が芽生え、いつしか(かつてと)変わらぬほどの、まさに色褪(あ)せぬ風景を愛(め)で、今この瞬間も楽しむのです。

このように申し上げると、あなたが(祈りの際に)心に浮かんだような、人間の所業についての懸念(罪悪感)を、われらがあまりに軽く捉(とら)えているとお思いになるでしょうか?(※ダム建設などで、村や神社などがダムに沈み、移築を余儀なくされたことを指しています。)

いいえ、けしてそうではありません。

(神々は、穏やかな笑顔で御言葉を続けられました。次回②に続きます。)

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Source: 神々からのメッセージ

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