[2型糖尿病]は存在しない:Ahlqvist最新情報

健康法

[2型糖尿病]という単一の病気は存在せず,病理・病態の異なる複数の病気を雑駁にまとめてそう呼んでいるだけである.

The Lancet Vol.6(5) p361-369, 2018

という スウェーデンの E. Ahlqvist博士の新説は 欧米ではかなり浸透しているようです.

しかし この説は 日本ではほとんど紹介されていません.
辛うじて今年3月に開催された 日本糖尿病学会主催のシンポジウム『第55回 糖尿病学の進歩』にて

滋賀医大の前川 聡 先生が;

(Ahlqvist新分類では)このようにタイプの異なる糖尿病が存在すること,そして そのタイプの違いによって,発症しやすい合併症がそれぞれ違うことは,非常に興味深い

専門医更新のための指定講演 3L-1-2

と述べられたのが 数少ない例です.

Ahlqvist説によれば,糖尿病の種類によって どの合併症がどれくらい発生しやすいのかを予測できるので,発症初期から適切な治療が行える,つまり【先手の対応】です.

これに対して,患者を『2型糖尿病だから』と おおざっぱにとらえて いつまでも漫然と『経過観察』を続けていては,糖尿病の悪化を確認してから治療を強化することになる,つまり【後手の対応】です.

Ahlqvist分類とは

従来の『2型糖尿病』の定義は『1型糖尿病でもなく,遺伝性糖尿病でもなく,薬物性などの[その他]糖尿病でもなければ,それ以外はすべて2型尿病である』というあいまいなものでした.

しかし,これはずいぶん乱暴な話です.『犬でもなく,馬でもなく,牛でもない,これらのどれでもない四つ足の動物がいたら,ひっくるめて猫と呼ぼう』と言っているようなものだからです.これでは鹿もイノシシも 猫になってしまいます.

これに対してAhlqvist説は,従来の糖尿病分類[左]を,新たに5つに分類しました[右]. この分類によれば2型糖尿病というのは,異なる4種類の糖尿病[SIDD,MOD,SIRD,MARD]をまとめて そう呼んでいたことになります.

[SAID]は従来の1型糖尿病に相当

Ahlqvist分類は普遍的なのか

しかしながら,Ahlqvist博士の提案する新分類は,日本だけでなく欧米の糖尿病学会においても,まだガイドラインに取り入れられてはいません.その大きな理由に,非常に多数の実例について,どのような診断基準を用いても,従来の『2型糖尿病』が必ずこういうふうに分かれるのか,つまり『この新分類は 普遍的なのか』という点について半信半疑なのでしょう.もしも Ahlqvist説が正しければ,今までの糖尿病治療が根底から揺らいでしまうという重大な問題に発展するからです.

Ahlqvist博士は スウェーデンのスカニア県の糖尿病患者全員のデータベースを対象に 以下の 6つのパラメータを用いて,

  • GAD抗体の有無
  • 発症年齢
  • HbA1c
  • BMI
  • HOMA2-β
  • HOMA2-IR

Data-Driven Cluster分析,つまり先入観なしで,ただデータの近いもの同士をグループ化していくという手法で,2型糖尿病が4つに分かれることを示しました.

しかしながら,こういう反論が出るのは当然でしょう.

『上記の6つのパラメータではなくて,他のパラメータを使って分類しても,本当に同じような分類結果になるのか? 別のパラメータを用いたら,全く別の分類になるのではないか』

この反論に対して回答する報告が つい最近発表されました.

欧州糖尿病学会の公式論文誌 Diabetologiaに掲載された論文です.

3つの異なる国の糖尿病患者のデータベース(オランダ:DCS,英国:Go-DARTS,スウェーデン:ANDIS)から,合計 15,940人の対象を選び,長期にわたり経過追跡したものです.

別の指標を使っても同じ結果だった

この論文では,Ahlqvist博士が使った指標[左]を,より使い安い指標に置き換えています[右].Ahlqvist博士のオリジナルのクラスター分析では,HOMA2-βとHOMA2-IRが分析指標に使われており,これは患者のインスリン値(IRI)を測定しないと算出できませんが,それらをC-ペプチド値と HDL値に置き換えています.

そして この指標を使っても,やはり Ahlqvist分類は再現されました.

ただし,この論文で見出した結果[右]は,一部オリジナルのAhlqvist分類[左]とは異なるものでした.

SIDD[インスリン欠乏性 重度糖尿病],SIRD[インスリン抵抗性 重度糖尿病],MOD[肥満性 軽度糖尿病]という3つのクラスターは同じだったのですが,Ahlqvist分類で MARD[加齢性 軽度糖尿病]と分類されていたものが,MD[軽度糖尿病]と,MDH[高HDL 軽度糖尿病]の2つに分かれました[★]

[★] 従来,SIDDなどは “重度 インスリン欠乏性糖尿病”と邦訳されていたのですが,これでは MODは “軽度肥満性糖尿病” となり,あたかも『軽度の肥満が原因の糖尿病』と誤解されやすいものでした.そこで,本ブログでは,今後 MODは【肥満性 軽度糖尿病】と訳すことにします. 他も同様です.

あらかじめMARDを2つに分けると決めてかかったのではなくて,『データの似た者同士を 先入観なしにまとめる』と純粋に数学的に分類していったら,自然にそうなったのです.

したがって,従来『2型糖尿病』と呼ばれていたものは,この論文では5つのクラスターに分かれることになります.それらの特徴は下の通りです.

それぞれ まったく別のコホートデータベース(=DCSGoDARTSANDIS)なのに,5つの糖尿病のそれぞれの特徴が よく一致していることがわかります.

SIDD インスリン欠乏性 重度糖尿病

どのコホートデータベースを見ても,SIDDは,インスリン分泌不全(← 低いc-ペプチド)を反映して,とびぬけてHbA1cが高くなっています.

SIRD インスリン抵抗性 重度糖尿病

SIRDは,HbA1cだけを見ると,さほど『重度』の糖尿病にはみえません. しかし,c-ペプチド量は(GoDARTS,ANDISのデータベースの通り) 飛びぬけて高い値を示しています. つまり 一見血糖コントロールは優秀なのですが,それは人並み外れた多量のインスリン分泌で支えられているにすぎない,すなわちインスリン抵抗性が顕著です. もちろん この状態がいつまでも続けられるわけはなく,血糖コントロールの優秀さにもかかわらず,腎不全が急速に進行するのがSIRDの特徴です.

MOD 肥満性 軽度糖尿病

MODは比較的若年者に多く 肥満[=高BMI]が特徴です. どのコホートでも,MODは圧倒的に高いBMIです.しかし,その割には HbA1cはそれほど高くなく,c-ペプチドもSIRDのように極端に高くありません. これが,MODが『軽度』と命名された理由です. MODでは,肥満さえ解消すれば(ちょうど出産を終えれば すぐに妊娠糖尿病が軽快するように)糖尿病はすぐ改善されるからです.『肥満が原因の軽度な糖尿病』だったので,肥満解消=糖尿病寛解は当然です.

『糖尿病が治った』あるいは『自力で糖尿病を治した』という例は,ネットなどでもよく見かけますが,ほとんどが このMODに該当するようです.

MD 軽度糖尿病 / MDH 高HDL 軽度糖尿病

オリジナルの Ahlqvist分類では,MARD 加齢性 軽度糖尿病とされていたものが,今回 分類指標に HDLを加えたことにより,2つに分かれて MDH 高HDL 軽度糖尿病 と MD 軽度糖尿病になりました.

MDHは,名前の通り,どのコホートでも飛びぬけて高いHDLです.HDLの平均値が 70mg/dlというのは かなり特異な集団でしょう. この高いHDLを反映して HbA1c,c-ペプチドは 最も優秀です. 糖尿病としてはもっとも軽度で,そして危険の少ない集団と言えるでしょう.

更に MDは,もうそう呼ぶしかないほど 何ら特徴がみあたりません. 病態も極端に悪いところは見当たらず,平均年齢も MDHよりやや若いのですから,食生活や運動などで HDLを高くできれば,MDHに『昇格』できるのではないでしょうか.

5つの『2型糖尿病』の将来

この分類で,『重度』『軽度』という言葉が用いられていますが,それは何を意味しているのでしょうか? もちろん患者の追跡結果から 合併症リスクの高低でそう分類されているのです.

これを裏付けるように,各クラスターにおいて,『血糖コントロールの悪化により,インスリンの導入にいたった期間』がまとめられています. 『ハザード比』とありますが,これは将来のインスリン導入の予測ではなくて,各クラスターの患者がインスリン治療を開始した実績データから求められています.つまり『予想』ではなくて『現実の結果』です.

横軸は,他のクラスターを 1.0とした時の当該クラスターのインスリン導入に至るハザード比です.この数字が高い(右方向)ほどインスリン開始までの期間が短く,数字が低い(左方向)ほど インスリン導入に至る期間が長い,即ち病状の悪化が緩やかであることを示しています.横軸目盛りは 対数であることにご留意願います.

当然ですが,糖尿病発症時点において 既にインスリン分泌不全であった SIDDは,もっともインスリン導入が早くなっていました.

逆に MDHは,インスリン導入に至るのがもっとも遅く,糖尿病進行がもっとも緩やかであることを示しています.

MODは,95%信頼限界(=左右に伸びるヒゲ)が広いので,個人差が大きいことを示しています.

驚いたことに,MDHに続いて インスリン治療ハザード比が低いのは, SIRDでした.つまり,外観上 SIRDの血糖コントロールは長期間 優良を保つのです. しかしSIRDは,その血糖値の優良さが災いして,急速に腎症悪化→透析に至るタイミングを見落とされがちです.この結果を見ると,SIRDは糖尿病ではなく,膵臓はまったく健全であって,ただ腎機能不全から二次的に高血糖状態が発生しているだけではないか,という思いがますます強まりました.


Ahlqvist博士の提案した 新分類は欧米学会では 確実に定着しつつあります. それは 

  • 『2型糖尿病』という荒っぽいとらえ方では 患者にもっとも適切な治療を初期から行えない.
  • しかし Ahlqvist分類では,たとえばSIDDとSIRDのように 明らかに正反対の病態を示す病気に対して,糖尿病初期段階から最適の治療が行えるので 合併症防止に先手を打てる.

という認識が広まってきたからでしょう.

Source: しらねのぞるばの暴言ブログ

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