宇佐神宮の“三之御殿”は、本殿向かって右側に配され、境内の一番奥になります。
御祭神は、八幡大神(一之御殿:応神天皇)の母君で、神功皇后(じんぐうこうこう:別名=息長帯姫命(おきながたらしひめのみこと))です。
わたくしが霊能の道を歩むようになってから、神功皇后には、霊能師として天と地を結ぶべく活動する意味や心構え、そして、先々に目指すべき姿などを幾度も御指導いただきました。
さすがは、八百万(やおよろず)の日本の神々です。
天界での連携は素晴らしいものがあるようで、全国巡礼の旅のさなか、“神功皇后が御呼びになっていらっしゃるゆえ、近々(皇后が祀られる神社へ)参られなさい”という、別の神社の神からの御神託も、これまでに幾度もありました。
そうしますと本当に不思議なものです。
それまではまったく計画していなかった、神功皇后への参拝が自ずと叶うのです。
神が御照覧になられていることを普段以上にひしひしと感じながら、神功皇后へ誠心を込め祈ります。
気づけば、こうした参拝は、わたくしにとって自身の進度を客観的に見る指標でもあり、次のお参りでは少しでも向上していることを目指す自分がいます。
今回の参拝では、神功皇后はいつものごとく、強く、光まばゆき御姿ではありながら、優しい御言葉を連ねつつも、大いに勇気を与えてくださいました。
わたくし自身に向けても、また、日々懸命に生きる皆様への熱いメッセージでもあります。
どうぞご一読いただけますと幸いに存じます。
Rinokia
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「“帰る場”があるというのは、誠に麗しき(=素晴らしい)ものです。
人は、各々が様々な状況のさなかに、外地へと放たれます(がいち※ここでは社会やまた、郷里から離れたりすることです)。
いつかは自らの基(もと:在りどころ、郷里)へ帰るその暁(あかつき)には、錦の御旗(みはた)を掲げ、堂々とその勇姿を示さん(=示そう)と心に強く念じ、いよいよ自らの“意気”を吐く(=意気込む)ことができるのです。
概して、世の観念(※世の中はこういうものだという思い込み)が、まるで荒波が絶えず打つかのように、留まることなく(次から次へと)変わる時代が到来いたしました。
“例外”は新しき時代の常(つね)となり、人類の歴史は、あらゆる彩り(生きざま、変化・変容)を得てまいります。
けして恐れることはありません。
すべての民に、この世を彩る(創り成す)権利は与えられ、自由なる意思と、そして先人たちより受け継ぎし幾多の力(潜在能力)をたずさえているのですから。
まさに、人類が以後、その生命(種族)を絶やすことなく生き延びるための命懸(いのちが)けの “未知の開拓”ーーー
この開拓は、“人生を賭けてこそ”などと申せば、大袈裟(おおげさ)に聴こえましょうか?
いいえ、まさに今、この時代に地上に降ろされし民らすべての、人生を賭ける未曾有(みぞう)の開拓が、大きく幕を開けたのです。」
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Source: 神々からのメッセージ
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