がんを公表する人がいれば、
しない人もいる
昔は、がんは“死”をイメージすることから、
周囲には隠すことが多かったように思う
なにより、患者本人にさえ、
隠していた時代があったほどだ
がんを公表しない人もする人も、
どちらも勇気が要る
私は、周囲に話した
すぐに伝えた人、
少し時間が経ってから話をした人
が、言わなかった人もいる
親身になって話を聞いてくれる人と、
重大なことは簡単には話せない人がいるのは、
きっと誰もが同じだろう
あとは、
言わざるを得ない状況に陥ってしまった場合...
「わざわざ話すこともでもない」と、
親戚には伝えなかった
(が、父が勝手に喋ったらしい)
まぁ、近所にはすぐにバレたが...
(たぶん父が喋ったと思われる)
私は、
公表をしないで闘病している人を尊敬する
なぜなら、
隠し通す労力は
相当なものだと思うから
精神的にダメージを受けることも
きっと多いと思う
だから私は、周囲に話した
それは、
“周囲に伝えることで、
確実に自分自身が楽になれる”から
それを“甘え”と言われれば、
私には言い返す言葉はない
病気のことを伝えていなかった人から、
辛辣な言葉をかけられたこともある
「私が今、
乳がんで治療中であることは彼は知らない。
だから、ここは我慢しなければ...」
と、悔しい思いをしたこともある
彼が病のことを知っていたら、
絶対にあんな言葉は吐かない
それどころか、
私の体調を心配してくれるような人だ
どれほど、
「私、乳がんになっちゃって...。
今、治療中でさ...」
そんな言葉が喉まで出かかったか...
病気のことを話せば、
周囲も気を遣ってくれる
それは申し訳ないと思う
“重い物が持てないことも、
体調がすぐれないことも理解してもらえる”
そんな甘えが、
そこには存在しているのかもしれない
が、公表することで、
つらい思いをすることもある
それは、
仕事を失うこと、
がんであることへの蔑視
※個人差・地域差あり
興味本位で近寄ってくる人たち
「死ぬの?」と、
あまりにもストレートな言葉をかけてくる人...
そして、なにより“がんの公表”は、
同じ病で不安を抱えている人に、
大きな力を与えられるとも思っている
同じ治療...
同じ副作用...
同じ不安...
「同じ悩みを抱えている人がいる」と、
知ることは、
「独りじゃない」
そう感じられるから
「仲間がいる」
「私だけじゃない」
そう思えることは、
がんと闘っていく上で、
とても大きな支えになると思うから
“つながっている”って、大きいと思う
それはきっと、
医師にも看護師にも薬剤師にもできない、
“共感”という治療だと思う
事実、
公表した人たちの頑張っている姿に、
私たちはたくさんの勇気をもらえるから――
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Source: りかこの乳がん体験記
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