今年も3月なかば,三寒四温の日々で,春ももうそこまで来ているようです.
さて,我々臨床医は,まず患者さんの訴えを聞き,診察をし,必要な検査を行い,そもそもそれが病気なのかどうか,病気ならばどんな病気なのかを絞り込んで行き,最終的に診断がついた,つまり病名がわかった段階で初めて治療を行うのが通常です.
もちろん実際にはすぐに診断がつくとは限らず,さらなる精査を要したり,あるいは経過観察という選択肢しかない場合や,病名ははっきりしないけれども見切り発車的に治療を始めてしまうような場合も多々あるのですが,いずれにせよ,おおよそでもいいので病名がつけば,多くの場合標準的な治療方法は自ずから決まってきます.
プライマリーケアを担う開業医の場合は,大病院のように高度な検査機器が揃っていない中で,それが緊急を要するもの,入院を要するものなのかをまず判断しなければなりませんし,ある意味そこが腕の見せ所というわけです.
私が外科医だった頃は手術治療がメインですから,ほとんどの場合は内科の方できちんとした診断名がついた後でしたので,このようなプロセスはほとんどなく,簡単に言ってしまえば「切り屋」だったのです.
だから,開業してからは,患者さんの訴えや限られた検査手段で病名を推測していくのは,ある意味クイズを解くようで新鮮な面白さがあり,非常に勉強にもなります.
しかし訴えというのは千差万別で,我々医師の問診の能力はもちろんですが,失礼ながら患者さん自身のインテリジェンスや表現力にも左右されます.
とくに病歴の長い場合やご高齢の方など,紙に書いてきてくれたり理路整然と説明してくれる場合はいいのですが,そうでない場合も多い.そうすると,さながら警察のようにあれこれ聞き出してこちら側でまとめるわけですが,患者さんの記憶が曖昧だったり,症状をうまく表現出来なかったりする場合も多く,結構時間のかかることが多い.
また,「めまい」とか「しびれ」とか「動悸」などはかなりありふれた訴えですが,その言葉で意味するところは患者さんによって千差万別です.
「脚がしびれる」と訴える患者さんに「ジンジンするんですか?」と訊くと,「いやいや,ジリジリです」「チリチリっていう感じですね」なんて答えがかえってくる.えっ?どう違うねん?という感じですが,その患者さんにとっては違うようなのです.
この場合,私は「正座を長くしたときに脚が変な感じになりますよね,あんな感じですか?」と訊くことがありますが,「そうそう,それです!」と言ってくれる場合はともかく,「私は正座はしないので」なんてのたまわれると,また別の聞き方で質問するしかありません.
また外国人の場合は,日本語に多用される,同じ音節を重ねた擬態語(onomatopoeia オノマトペ)がないので,より大変です.
例えば 上述の「ジンジンした」という表現については,外国人の患者さんはよく「tingling〜」 というような表現をされますが,これは「tingle (ヒリヒリする)」という動詞の進行形です.ただ厳密に日本語と同じかというと,多少ニュアンスに違いはあるかもしれませんし,もちろん上述の「ジンジン」や「ジリジリ」や「チリチリ」を区別する単語はないでしょう.つまり.日本語はオノマトペの多い分,表現の仕方も多言語に比べて遥かに豊かだということです.
診断というのはアリゴリズムの典型で,問診や検査データを駆使して沢山の選択肢の中から論理的に絞り込んでいく過程ゆえ,まさに驚異的な進歩を遂げつつあるAIの最も得意とする分野といえます.
既に医療の世界ではAIがどんどん導入されており,画像診断などでは人間の見落としを見抜くくらいのレベルにまで達しているようです.
ただ,こういう微妙で曖昧な,個人個人でニュアンスの異なる表現については,まだまだ臨床医の勘や経験,問診の能力が必要とされる部分ではないかと思いますし,我々もよりいっそう「感性」を磨く必要があると感じます.
Source: Dr.OHKADO’s Blog
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