神の詩 第五章十一節 4
「ヨーガ行者は、自己を浄化するために、執着を捨てて、肉体と心と知性と感覚だけで行動する。(十一)」
続きです。
自己浄化の過程では
いきなり
いくつかの強敵が心の中から出てきます。
いきなり
いくつかの強敵が心の中から出てきます。
自己浄化の道にいる強敵の代表的なものには、
怠惰、
自尊心、
外界の出来事に囚われること、
内面の緊張、
至高霊へと向かう強い意志の欠如
などがあります。
怠惰、
自尊心、
外界の出来事に囚われること、
内面の緊張、
至高霊へと向かう強い意志の欠如
などがあります。
怠惰:
浄化のためにまず聖典を読んで瞑想しようと考えても、
明日からにしようとか
今日は疲れているからやらない、
と先延ばしにしてしまいます。
明日からにしようとか
今日は疲れているからやらない、
と先延ばしにしてしまいます。
これは
生活全般にも大きな影響を及ぼします。
人生で今この瞬間、
この機会が魂の行く先を決めます。
自尊心:
人はどんな存在、
どんな状況からでも学ぶことがあります。
身分や年齢など目先の小さなことに囚われていると
大きな智慧を学ぶ機会を失うこととなります。
どんな状況からでも学ぶことがあります。
身分や年齢など目先の小さなことに囚われていると
大きな智慧を学ぶ機会を失うこととなります。
自尊心は、
謙虚に学ぶ姿勢を奪ってしまいます。
師や聖典の教えに対して、
自分の偏見を通して解釈することなく、
深い信頼と共に、
真摯に学ぶ姿勢を身に着けることはとても大切になります。
外界の出来事に囚われること:
外界の出来事に夢中になると、
貴重な時間が浪費されていきます。
世俗の娯楽、
さまざまな情報収集、
富などなど。
貴重な時間が浪費されていきます。
世俗の娯楽、
さまざまな情報収集、
富などなど。
こういったものに没頭すると、
確実に内面への探究心が弱まります。
内面の緊張:
現代社会では、
仕事や生活の中で人は何らかの目標を立てて、
その達成のために、
それを出来るだけ完璧にこなすために、
無理をする傾向があります。
仕事や生活の中で人は何らかの目標を立てて、
その達成のために、
それを出来るだけ完璧にこなすために、
無理をする傾向があります。
今の社会では、
社会的な目標を持たないと幸せになれないという
間違った思想を植え付けているからです。
それが
無意識の領域にまで
緊張を作り出します。
社会から強要された不自然さは、
無意識領域の自然とは
相反するものだからです。
人は忙しくしていることにより、
心の緊張に無頓着になっていきますので、
さらに
緊張は蓄積されていきます。
心の緊張に無頓着になっていきますので、
さらに
緊張は蓄積されていきます。
心の緊張は、
内面への探究を阻みます。
内面への探究を阻みます。
しっかりと集中することと、
ゆったりとくつろぐことは、
教えを受ける上で最適な状態を作り出します。
至高霊へと向かう強い意志の欠如:
人は、
完全な存在としては生まれてきません。
地上で完全へと目指すために生まれてきます。
完全な存在としては生まれてきません。
地上で完全へと目指すために生まれてきます。
不完全で生まれてくるから、
成長し、
開花し、
結実することが出来るように仕組まれています。
だから、
人として生れたからには、
崇高な目的に気づくかなければなりません。
人として生れたからには、
崇高な目的に気づくかなければなりません。
水は上流から下流へ流れ、
花は香りを伴って開花し、
火は物を燃焼させます。
花は香りを伴って開花し、
火は物を燃焼させます。
それと同じように、
人は
崇高な目的を持って生きることが
自然の流れです。
至高霊へと向かう意志が
あらかじめ内蔵されています。
霊的進化の道を一歩一歩確実に歩んでいくためには、
「強い」意志
が何よりも必要となります。
「強い」意志
が何よりも必要となります。
この意志の強さ次第で、
優れたヨーガ行者、
普通のヨーガ行者、
劣ったヨーガ行者
に振り分けられます。
至高の存在への敬意と信仰は、
最も尊い財産です。
「信心とは、決定堅固にして、退失なからんと欲うがための故にこの心を発す。」
空海「三昧耶戒序」
空海「三昧耶戒序」
続きます。
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Source: ひかたま(光の魂たち)
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