今日のブログは読まないで欲しい((笑))

医療機関

今日のブログは読まないで欲しい。

 

備忘録として、大切な母の大切な闘病記として、

僕の心の一番奥にしまう感情を含め、

ここに記しておこう。

 

 

2018年頃から、1日30回近くの電話がなり

        在宅医療従事が困難となる。

月に数回実家に泊まり、話を聞く時間を作るようにする。

2018年8月1日 転倒 右大腿骨頸部骨折 

        北摂総合病院入院 手術 骨頭置換術

2018年9月 さんだリハ病院へ転院 パーキンソン病確定診断

      入院中、レビー小体型認知症状出現

2018年12月 自宅近くのバリアフリー住宅へ退院

2019年6月 自宅での生活再開 パーキンソン病の日内変動を考慮し

父の介助が可能な限り少ない状態にまで改善をサポート。家屋環境も再設定を行う。

2019年11月 さんだリハ病院神経内科⇒北摂総合病院神経内科

(~2019年11月の通院介助や日常生活介助、リハビリ、転院等々 

全てを、父に代わって 三田⇔実家を週3回往復し、行った。

その間の母がしていた歯科診療所経理支援も当クリニックで行った。)

2020年7月 某信託銀行にて遺言信託

2021年11月8日 自宅でほぼ介護を受けず死亡

 

 

今日、弁護士と母の経過を再確認した。

 

2019年11月~どんな人間と付き合い、

どんなことをしていたかは知る方法がない。

某信託銀行では、母の病気についての把握は一切なし。

公正役場では、医療の個人情報の把握はできない。

父と弟は歯科医であるが、パーキンソン病の知識に乏しい。

母のパーキンソン病に関して彼らは全く興味を持っていなかった。

2019年11月以降、何らかの介護は必要不可欠だったにも関わらず、

その介護に参加を許されず。そして、死亡日まで母と面会できなかった。

亡くなった2021年11月8日、やっと父より求めがあり現場へ急行。

かかりつけ医の受診も放置されていたため死亡確認とはいかず、

死体検案にまわさざるをえない惨状。介護が放棄された現場。

ブルーシートにくるまれ、母は実家を大雨の中、警察署へ出発。

そこでの合掌が、最後のお別れとなる。

母はそのまま自宅に戻されることなく葬儀会館へ直行と風の便り。

その後、父と弟からは、葬儀、四十九日法要等の日程の連絡はない。

 

 

家族であっても、長男であっても、

主に介護をしたものであっても、個人情報の壁に、苦しむ。

母のレビーがそうさせたとは言え、母を憎みそうになる。

母が支えた家族を憎みそうになる。

生前、母にかかわった全ての人が僕には冷たく遠い。

 

そんな時、初めて知る遺言信託。これは愛であり、暴力だ。

それを経験した一遺族のほんの小さなただの感想を、

今日、医療法人の弁護士に聞いてもらった。。。。

 

 

 

医療界と法曹界と金融業界の間にある奇妙に深い溝が見えた。

どれにしたって、良く生きるには必要不可欠なものなのに。

 

法律と医療の狭間で苦しむこの構図。最近、よく経験してる気がする。

 

この国をよくするには、誰だってどこだってNO BORDER。

人の金で飯を食ってる間は、そのテーブルにもつけない。

 

大切な母とのこんな切なく悲しい経験を、

僕の天職ザイタク医療に必ず役立てたい。

 

今日は、備忘録として、大切な母の闘病記として、書いた。

こんな恥ずかしい話を最後まで読んでいただき心から感謝です。

 

僕にとっては、こんな母でも

かけがえのない母であったことを

あえて付け加えておきます。

 

お付き合いありがとうございました。

 

 

今日は、ざわめく心を押さえつけ、必死に静かに過ごした。

僕はもはや人間じゃない。良かったら聴いてください。

 

 

 

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