カバーイラスト:(C) 杏仁どうふ さん
【この記事は 第26回 日本病態栄養学会 年次学術集会に参加したしらねのぞるばの 手元メモを基にした感想です. 聞きまちがい/見まちがいによる不正確な点があるかもしれませんが,ご容赦願います】
第26回 日本病態栄養学会のコントラバシー(Controversy = ディベート)1のテーマ名は ちょっと刺激的なものでした.
コントラバシー1:栄養療法[★]において,AIは管理栄養士を超えうるか?
[★] ここでもやはり『食事療法』ではなく,『栄養療法』という言葉が使われてることに注目しましょう.別館のこの記事を参照.
最近のダイエットブームで,特にスマホのアプリなどで,食事の写真を撮るだけでカロリーなどを推定してくれたり,食事の栄養素の過不足を指摘してくれるようになりました. これは従来 専門家である管理栄養士がやってきたことです. したがって 今後 AIが更に進めば 人間の管理栄養士を超えてしまうのではないか,というディベートです,
実は このようなディベートが企画されたのには伏線がありました.
前回 第24・25回の日本病態栄養学会(2022年1月) で,この学会の清野 理事長がかなり強い口調でこう発言していたのです.
糖尿病患者にアンケートした結果を見ると愕然とする.
『治療に真剣に取り組もうという意欲を持てるようになったのは,誰の言葉のおかげですか?』 という質問に対して,『医師』と答えた人は 80% 『看護師』60%だった.ところが『管理栄養士』と答えたのは たったの16.8% だった.
今やスマホのアプリで栄養計算が自分でできるし,医師がオンラインで診断できる時代だ.このままでは皆さんがた 管理栄養士は無用の長物になってしまうかもしれない. あなたたち失業してしまうのですよ.第24・25回の日本病態栄養学会 コントラバシー1:清野 理事長
管理栄養士がマニュアルにしたがって,ただ機械的に栄養バランスを計算して患者に伝える,それで十分 仕事をしたつもりでいるなら,そんな仕事はAIに奪われてしまうだろうと警告したのです.
おそらく,清野理事長の この強い危機感が 今回のディベート企画になったものと思われます.
ディベートですので,上記のテーマに対して 二人の演者が立ち,【是(Pros)】【否(Cons)】それぞれに分かれて 論争を繰り広げました.
【是】AIは人間の管理栄養士にとって代わる
【是】の側からは,藤田医科大 鈴木敦詞先生が登場しました.
開口一番,『私は 人間の管理栄養士が不要になる,という意見を述べるので,今 会場からひしひしと殺意を感じています』と一発 カマしました.たしかに 現職の管理栄養士にとっては不愉快な意見でしょう.
鈴木先生は,AIテクノロジーは,単に 正確・迅速に計算を行うというコンピュータ本来の特性は当然として,現在では Deep Learning,Big Dataなど,人間の能力をはるかに越えた推論・機械学習を行えるようになっており,今後もさらに進歩する,これは確実だと紹介しました.
やり方はわかっていても あまりにも膨大な計算なので人間には到底不可能だが,コンピュータならその計算を高速にやり遂げてしまうという実例は,本ブログでもこの記事で紹介しました.
鈴木先生は,AIのDeep Learningの一例として,ニューラルネットワーク Neural Networkを解説しました.
得られた情報を元に,データ相互間の関連性を分析・解析して結論を導き出す,これは われわれ人間が正に脳細胞を駆使して行っている動作そのものです. AIでは 入力情報がどれほど膨大であっても,また それらの相互関連性がどれほど複雑であっても苦にしません. しかし 人間の場合は あまりにも情報が多くなると 頭が混乱して途中で投げ出してしまう,あるいは そこそこのところで思考を打ち切ってしまうのですが,AIではCPUの処理速度とメモリ容量さえ十分ならどこまでも深く推論を続行できるのです.
これが単なる機械学習と異なるのは,正解の定義を予め人間が指定して行う機械学習と異なり,Deep Learningでは それをコンピュータが決定する点です.したがってDeep Learningが導き出した結論は,なにしろ複雑な推論の結果なので,人間にはにわかには理解できない,それが当っているのかどうかすら判定できないという問題もあります.
つまりこのレベルになると,単に 人間の代わりや人間の省力化ではなく,人間を越えている存在にもなっていると言える.
AI化された 管理栄養士の強みは;
- 疲れない→AIに『働き方改革』は不要
- 逆らわない→気持ちよくつきあえる
- 間違わない→ポカミスはありえない
一方で弱みは;
- 一旦決めたルールを自ら変更することは不可能
- 創造性はない
- 原理原則の大発見はできない
所詮は機械思考による帰納法なので,その範疇から外には出られないということでもあります.
したがって,AIの高度化により,人間のよきパートナーとして更に活用していくことが求められるだろう,ここを避けては通れなくなる と締めくくりました.
【否】AIは人間の管理栄養士を超えられない
【否】の側からは,トヨタ記念病院 福元聡司先生が登壇しました.
誕生から死亡までのあらゆる人生で,食と栄養を通して人を幸せにするのが管理栄養士の職務である.
管理栄養士の現在の職務は大別して以下の通りだが;
- 栄養管理
- 栄養指導
- 給食業務
これらの業務では,たしかにAI化・自動化は日々進歩しており,実際にも使われている(ex. 給食業務のメニュー案からの自動仕込み,配膳など).
また将来を見据えると,厚労省の『AIと共存する未来』[PDF]にもあるように,現在人間が行っている業務の半分(~49%)は無人化・自動化されると予測される.
しかしながら 上記資料にも記載されている通り;
- 創造的思考
- ソーシャルインテリジェンス(理解・説得・交渉などの高度コミュニケーション)
- 非定型的対応(先例・マニュアルのない場合でも自律的に判断)
はAIでは対応できない.たとえば,患者の悩みを聞き,励ますなどといった人間vs人間の関係構築などである.
したがって将来において必要とされる管理栄養士になるためには,AIを使いこなし AIと協働できるよう,自分自身をイノベーションしていかなければならない.
【以下は講演の内容ではなく,ぞるばの感想です】
医療分野に限らず,自動車の自動運転などにみられるように,従来は 人でなければできないと思われていた仕事であっても,AI化は着々と進展しています.
結局 二人の演者は ほぼ同じ内容を話していたと思います.
AI化の進展・高度化は確実なのだから,現時点の日常業務スタイルに安住しているのではなく,本当に人間でしかできない業務レベルに高めていかなくてはならない.
ということであり,ただディベートの都合上 [是]/[非]側に分かれたので 強調する箇所が違っていただけなのでしょう.
[続く]
Source: しらねのぞるばの暴言ブログ
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