【この記事は 第66回 日本糖尿病学会年次学術集会を聴講した しらねのぞるばの 手元メモを基にした感想です. 聞きまちがい/見まちがいによる不正確な点があるかもしれませんが,ご容赦願います】
前回の続きです.
学会は『2型糖尿病の薬物療法のアルゴリズム』を発表して,2系統の投薬手順を示しました. つまり 日本人の2型糖尿病には2つの異なる類型があると認めたわけです.
であるならば,その2類型の2型糖尿病に対してどちらも同じ食事療法でいいのでしょうか? もちろん学会は『糖尿病診療ガイドライン 2019』で,糖尿病の食事療法は一人一人異なる(=個別化された食事療法)としています.しかし前記の『アルゴリズム』のように,ではどう『個別化』していくのか,そのアルゴリズムは示されていません.
『糖尿病の投薬は,医師が患者を個別にみて判断する』というガイドラインがあるのに,つまり『個別化された投薬指針』がありながら,実際には糖尿病患者 全員に同じ薬(=DPP-4阻害薬)を投与している病院が実在していることを思い出してください.指針があっても,具体論がないのなら,それは指針が存在しないのと同じです.
【全員一律の食事療法】であれ,【個別化された食事療法】であれ,具体的な手順が明確でなければ,どっちだって同じことです.
『個別化された投薬指針』には【投薬アルゴリズム】が必要であったのならば,『個別化された食事療法指針』にも,【食事療法アルゴリズム】が必要でしょう.この問題に対して,学会がいつ答えを出すのかを知りたくて,素人にもかかわらず 学会への野次馬参加を続けています.
待ち望んでいた書籍
今回の鹿児島での学会での現地開催中,ぞるばはもっぱら食事療法とイメグリミン関係の講演・発表を優先して聞いていました.
したがって,食事療法についての記事は 実は 現地滞在中に原稿を書き始めていたのですが,記事にまとめるのは一番 最後になってしまいました.
こうなったのには理由があります.
この本が出版される(6/16 発売)のを待っていたからです.
東京大学 佐々木 敏 教授の最新著作です.
佐々木教授は,厚労省が2005年以来 5年ごとに発行している『日本人の食事摂取基準』の策定委員であり,データを基に科学的に栄養学を追求する『データ栄養学』を提唱してきた第一人者です.
ですので 以前から 日本糖尿病学会や日本病態栄養学会で 佐々木教授の講演は何度も聴きました. およそ東大教授とは思えない服装[★]で登壇し,型破りな話術が聞けるので,学会参加の楽しみの一つでした.
[★]「東大教授とは思えない服装」: 最初に佐々木教授の講演を聞いた時,私は ホール会場の工事業者のおじさんが間違って講演会場に入ってしまったのだろうと思いました.
ところが,特に本年になってから,日本の栄養学に関して 佐々木教授の講演が『辛口』を通り越して,はっきりと『批判』のトーンが高まりました. 2月に行われた専門医向けの講演会『第57回 糖尿病学の進歩』 でも,今回の『第66回日本糖尿病学会』でも,佐々木教授は ほぼ同じ言葉を使ってこう言ったのです.
- 日本の医師は患者の食行動に興味がない (栄養の生化学,バイオメカニズムばかりを議論する)
- 日本の管理栄養士は科学に興味がない(論文が読めない/書けない)
これ,雑談の席ではありませんよ.学会の大ホール会場に登壇して満席の聴衆に向かってこう述べたのです.しかも2回も.
驚きました. そして ここまで言われているのに,会場からまったく反論がないことに さらに驚きました.
学会での講演はせいぜい1本あたり,20~30分ほどなので,佐々木教授が なぜそう断言するのか,あまり詳しく説明する時間はありません.そこで,冒頭の本を読んでみようと思ったわけです.
読んでみたら
通俗 健康雑誌などとは異なり,やや高価(2,970円)な本でしたが,その価値は十分ありました.
巷にあふれる『ナントカを食べると ナントカが治る』『XXを食べると ガンにならない(又は ガンになる)』などといった,いわゆる『栄養情報』が冷静に,かつ詳細なデータソース(引用文献)をつけて俎上に上げられています.しかも引用するデータは(都合のいい論文だけをとりあげて『これが結論だ』などというレベルとは一線を画して),メタアナリシスが主体です.
ただし,この本の内容を著者の意図通りに読み取るには,どうしてもある程度の統計用語を理解していることが求められます.そうでないと この本を面白いと感じないでしょう. なので,著者も前書きで述べているように,栄養疫学の本は読んだことがないという方は,著者の第1作『データ栄養学のすすめ』 及び 第2作『栄養データはこう読む 第2版』 から始めた方がいいと思います.
この本を通読して,佐々木教授が およそ学会の講演としては異例にもあれほどの強烈な表現を使った理由がよくわかりました.
佐々木教授は日本の栄養学を批判していると思っていたのですが,それは間違いでした.
『日本には栄養学が存在していない』ことを批判していたのです.
[続く]
Source: しらねのぞるばの暴言ブログ
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