第66回日本糖尿病学会の感想[27] 日本の栄養学から抜け落ちたもの

健康法

[カバーイラスト (C) acworks さん]

【この記事は 第66回 日本糖尿病学会年次学術集会を聴講した しらねのぞるばの 手元メモを基にした感想です. 聞きまちがい/見まちがいによる不正確な点があるかもしれませんが,ご容赦願います】

前回記事で,栄養学の分野は大きくは2つに分かれると書きました.

しかし,この2つだけを個別にいくら研究しても,両者がつながっていなくては『食事の健康に与える影響』は結論が出ません.だからこそ,世界の栄養化学者は 地中海食と健康とはどう結びついているのかを競って研究しているのです.

ところが日本では,(現在はそうではないようですが)昔は大学・短大の栄養科といえば,学問というよりは『結婚したら旦那様においしい料理を』という花嫁修業の色合いが強かったために,栄養分析・食物化学までは行っても,それを医学・生化学にまでは結びつけてはきませんでした.

  • 食物繊維が豊富で 善玉菌を増やすレシピです
  • 〇〇をふんだんに使って悪玉コレステロールを下げましょう

などがその一例です.
それらの食材を使い そのレシピで 作った料理を月に何回食べれば 善玉菌がどれくらい増えて,悪玉コレステロールがどれくらい下がるのか,データが示されることはありません.『なぜ そういうデータを出さないのか』と尋ねたら,聞かれた方がむしろ驚くでしょう.『料理は料理』『医学は医学』と別物とされてきたのですから.

『お料理教室』ならそれでいいでしょう. しかし それでは科学ではありません.イメージだけで『健康的な食事』という言葉だけが独り歩きしているのです.

食行動の科学

こういう本を見つけました.

(C) 羊土社

食行動の生理学について詳細に解説した書籍です.食欲中枢による摂食衝動,味覚の認識と伝達メカニズムなどが詳細に解説されています.

ただ私の目を惹いたのは,本文よりも,『イントロダクション』に記載された下記の文章です.食と行動の科学が,なぜ日本では進展しないのか,その構造的原因を論じています.

食行動は社会的インパクトが強く,日常生活に密着した身近なものであるため,基礎と応用の距離が非常に近い分野である.このおかげで,一般社会に重要性を理解してもらいやすい半面,学術的には根拠薄弱だが一般人には正誤が判別できない「怪しい」情報が蔓延しやすいという問題を抱えている.

p.16

栄養学は医学をルーツとするものの医学から独立した学術として確立され,疾病の直接要因となる栄養失調が解消した結果,狭義の医学の対象外とみなされている

p.16

食と栄養に係る臨床ニーズを担当する管理栄養士の養成課程は,臨床実務を担う人材の養成課程であり,基礎学術(サイエンスの進め方)を教える課程ではない

p.17

この章は佐々木先生が担当して書いています. ただし 東大医学部の佐々木 教授ではなくて,京大農学部の佐々木 教授です.
同じ栄養学について,食事は食事,医学は医学とバラバラにアプローチしているので,怪しげな『健康情報』があふれる原因となっていることを指摘しています.

さらに 管理栄養士は そもそも栄養学の研究者として養成されているのではないことも指摘しています.実際 今 管理栄養士が,『どうして栄養学の論文を出さないのだ?』と質問されても,『ええっ? それって私たちの仕事だったのですか?』と驚くだけでしょう.

(C) きのこ さん

これについては 東大の佐々木 教授も,『第57回糖尿病学の進歩』の講演で ,恨みを買うことは承知のうえで,

  • 日本の管理栄養士は科学に興味がない(論文が読めない/書けない)
  • それは 日本の大学に栄養学研究室を設置しているところがほとんどないから

と述べて,栄養学の研究者を育てる教育機関が日本にはほとんど存在していないことを問題視しています.研究者を育てる栄養学科がほとんどないことは 実に深刻な話です.なぜならば,それは 研究者を育てられる教育者もいないことを意味しているのですから.

これは管理栄養士の責任ではありません.研究機関を作らなかった方が悪いのです.

さらに 佐々木 教授はその著書で;

栄養や健康に関する一般書や雑誌では,「・・・といわれています」という表現をよく目にします.しかし,この書き方ではそれが事実なのか,著者の考えなのか,はたまた妄想なのか,はっきりしません.

『行動栄養学とはなにか?』「あとがき」

期せずして二人の「佐々木先生」から,ほぼ同じ指摘が出されました.どちらも 「食物の栄養化学」と「生体の栄養化学」とがバラバラでは,『食事と健康』の関係は答えを見いだせないだろうと述べています.そして日本では,科学的根拠のあやふやな『健康情報』があふれているというのです.そうなったのは,栄養学を科学として研究する人がほとんどいないのだから当然だろう,というところまで一致しています.

行動栄養学

この記事で紹介した東大 佐々木教授の最新の著書では

(C) 女子栄養大学 出版部

その副題にこうかかげています.

食べ物と健康をつなぐ見えない環(リンク)を探る

冒頭にあげた,2つの栄養学=『食物の栄養学』と『生体の栄養学』,本来はこの二つを統合してつなぐ環(リンク)が,つまり総合的な臨床栄養学が存在していなければいけないはずです.それが佐々木教授の提案する『行動栄養化学』です.

(世界に通用する論文が多いか少ないかという以前に)この意味においても『日本には科学としての栄養学が存在していない』のです.東大の佐々木教授は 本年3月に退任しましたが,まだまだやり残したことは多いと思っているのではないでしょうか.

[続く]

Source: しらねのぞるばの暴言ブログ

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