第66回日本糖尿病学会 年次学術集会の参加感想記事(この記事から この記事まで)に対しては,連載中 多くの方からご意見をいただきました.
当然 予想(期待)はしておりましたが,中には憤慨して激烈なメッセージもありました.もっとも,ぜひその勢いでメッセージではなくコメント欄にお書きいただければ,議論の推移が他の人の目にもふれるのですが.
以下すべてではありませんが,お寄せいただいたご意見(O1~O3:ただしよく似たものはまとめてあります)と,それに対する ぞるばのお答え(A1~A3)です.
O1: 管理栄養士は栄養学の教育をきちんと受けている
A1:はい,ぞるばも毎年 管理栄養士国家試験の問題が厚労省から発表されるたびに,毎回模擬受験しているので,出題範囲に基礎栄養学,応用栄養学,臨床栄養学,公衆栄養学が含まれていることは存じています. これらは栄養学の『基礎知識』としてきわめて重要なものです.
しかし,これらはあくまでも『基礎知識』です.ぞるばは大学栄養科の教育を受けてはいませんが,毎回 ほぼ90%は正答できます.だからといって ぞるばに栄養学論文が書けるわけがありません.基礎知識とは,「現在わかっていること」をよくまとめたものだからです. 専門誌に,特に海外の栄養専門学術誌に論文が採用されるためには,その論文が栄養学上の新規性(発見・進歩).信頼性・有効性を満たしていることが要件です. これらは 大学の履修課程だけでは得られません.
栄養学に限らず,学術論文とはその科学分野の進歩・発展に貢献する内容であると評価されて初めて掲載されます. したがって,何らかの試験・実験・(シミュレーションも含めた)考察が必須です.科学研究を行うために 素養として知識は必要なのですが,それは十分条件ではありません.
O2: 日本人の食事摂取基準(以下【摂取基準】)では,炭水化物50~65%が推奨されている
A2:たしかに【摂取基準】にはこう書かれています.
炭水化物については推定平均必要量(及び推奨量)も耐容上限量も設定しない。同様の理由により、目安量も設定しなかった。
一方、炭水化物はエネルギー源として重要であるため、この観点から指標を算定する必要があり、アルコールを含む合計量として、たんぱく質及び脂質の残余として目標量(範囲)を算定した。日本人の食事摂取基準 2020年版 p.153-154
ここで設定されているのは 上限/下限でもなく,目安量でもありません.
『この観点から』とことわっているように,エネルギー=カロリーを確保するための指標としての目標量だけです. そしてこの目標量(範囲)は,やはりこの記事でも取り上げた Seidelmann 2018論文を論拠として,
(炭水化物の)目標量の範囲を50〜65% エネルギーとすることを間接的に支持する
日本人の食事摂取基準 2020年版 p.155
と述べているだけです. しかし,これは私のブログ記事でも述べたように,糖尿病患者のデータではありません. 対象者15,428名の中に1/3程 高血圧の人はいましたが,糖尿病の人は 9%(Q5)~17%(Q1)と少数でした [Seidelmann 2018 Supplement]
つまり この文献は 糖尿病患者に炭水化物 50~65%が最適であることを示したデータではないのです. もしそうであれば,とっくに ADA(米国糖尿病学会)がエビデンスとして採用していたでしょう.
さらに【摂取基準】では
炭水化物が直接に特定の健康障害の原因となるとの報告は、2型糖尿病を除けば、理論的にも疫学的にも乏しい。
日本人の食事摂取基準 2020年版 p.153
とあるので,これは逆に言えば, 『炭水化物が2型糖尿病では健康障害の原因になる』という報告の存在は認めているわけです.【摂取基準】は,あくまでも一般国民全員を対象とするものであって,糖尿病のガイドラインではありません.
O3: 東大 佐々木教授は『糖尿病に糖質制限食は有効ではない』と書いている.
A3:佐々木先生の著書『データ栄養学のすすめ』の中の『低糖質ダイエット/糖尿病の予防と管理に有効か?』(p.206~)ですね.
こう書いておられます.
現時点におけるエビデンスに基づけば,糖尿病予防・糖尿病管理の優先順位は,低糖質が筆頭ではなく,体重管理,運動,減塩,飽和脂肪酸制限のようです.
データ栄養学のすすめ p.215
そしてその理由として,同書p.209にあげた図1で,厳格な糖質制限食を行うと,3ヶ月まではHbA1cを0.7%低下させることができるが,6か月後,1年後となるにつれ,その効果は薄れてしまうことを複数の論文のメタ解析結果から示しています.
しかし,これは『厳格な糖質制限食は,1年も続けられなかった』ことを証明しているのであって,ぞるばのようにちっとも厳格でない糖質制限食なら何年でも(ぞるばの場合は12年以上)続けられます. 糖尿病の重症度や,糖尿病が肥満によるものか/そうでないのか,にもよりますが,この程度の糖質制限食で 安定した血糖コントロールが達成でき,その他のバイオマーカーもすべて良好なのであれば,糖質制限食をここでやめなければならない理由は何もありません.またこの著書では,どこからを糖質制限食と分類するのか基準が不明瞭です. 少しでも糖質を『制限したら』それは1年以内に必ず挫折するのでしょうか?
さらに『糖質制限食は長期間続けられない』というのも,やはり『平均値』という言葉のトリックです.
仮に 『平均としては糖質制限食の継続可能期間は2年だった』という報告があったとして,それは『平均』なのであって,開始早々にギブアップする人,1年までは続けられたがそこで脱落...という人がいる一方で,何年でも続けていける人もいるわけです. これらを平均した結果が2年なのです.
ですから,脱落した人がいることを理由にして,現に継続できている人にまで『直ちにやめろ』と禁止しなければならないでしょうか?
佐々木先生の言われるのは,厳格な糖質制限食を患者全員に適用するのは 標準療法としては採用できないだろうというだけであって,選択肢の一つに入れることまで排除したものではありません. また,『体重管理の方が優先する』と述べていますが,そもそも痩せ型の人にそれ以上痩せろとは言えません.その場合はどうするのでしょうか?
したがって糖質制限食を選択するかどうかは,正に『食事療法の個別化』だと思います.
なお,個別のご質問・ご意見には別途それぞれメッセージにてお答えしました.
締め切りがあるわけではありません.いつでも結構です.
また私の記事への同調のみを求めているわけでもありません.賛否どちらでも,ご意見・ご質問は大歓迎です.
Source: しらねのぞるばの暴言ブログ
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