いずれの者の人生にも、時は刻々と進みゆく。
時という一定の流れのなかに、しかしながら、その有り様(=生き様)は、まるで千差万別の様相である。
流れゆく時は、人を苦境より救い出すときもあれば、一方、無情にも過ぎ去り、二度と戻りはしない。
時という概念を通じ、人は様々な生き方をこの地上に体現するのだ。
まるで昇龍のごとく時流に乗る者もあれば、掌よりこぼれ落ちる水のままに、悉(ことごと)く時機を逃す者もいる。
同じく“時”でありながら、なんと対極たる人間の姿がこの世に示されるだろうか。
無論、時はすべての物差しではない。時を超える物事もまた、現にこの世を成している。
しかしながら、すべての命は、多くの加護と幾多の願いの果てにようやく地上に降ろされた。
ならば、流れゆく時のさなかに自らの人生が有限であること、それゆえ今この一瞬こそは、なによりかけがえのないものとしかと心得よ。
今や地上に生きる者たちは、己であろうとあるいは他(他人)であろうと、この地上に燦然と輝く命の煌(きら)めきをいまだ知らない。
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Source: 神々からのメッセージ
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