数日前から、
腋窩リンパ節郭清をしたところが
ペキペキ痛む
腕が重くて動かしたくない
寒い季節や季節の変わり目は、
未だに痛むわきの下
きっと、一生ものの痛みだな...
乳がんの手術をする前、主治医に、
「わきの下のリンパ節は、
5個くらい取ります」
と、言われていた
私の時代、
“腋窩リンパ節郭清”は当たり前だった
センチネルリンパ節生検は
まだ保険適用外
日本でおこなわれている医療機関も
6割ほどと限られていた
それに私の場合、
乳がん発覚までの経緯がいろいろありすぎて、
郭清は避けられなかった
主治医には、
「“セカンドオピニオン”という方法もあるよ」
と提案されたが、
セカンドオピニオンを受けられる病院は
このあたりにはない
(この地域でがん治療を受けられる病院は、
この病院しかない)
そのため、さすがにそこに費やす時間も、
経済的な余裕も私にはなかった
当時、“セカンドオピニオン”も
ようやく周知されはじめた頃
患者から、
「セカンドオピニオンを受けたい」
と言えば、
まだ嫌な顔をする医師は多かった
(当然のことながら
そのような態度をとる医師は、
ある程度年配の先生)
そんな中、主治医自ら
「セカンドオピニオン」という言葉を
出してきた
当時にしては、
きっと珍しいことかもしれない
結果、10個のリンパ節を取ったらしい
「え? “5個”って言ってたじゃん。
倍も取ったの!?」
と、術後に受けた医師からの説明に、
衝撃を受けたものだ
そしてきのう、シャワーを浴びながら、
痛むわきの下に思った
「ここまできれいに切除してくれたから、
今のところ再発していないのかもな...」
と...
わきの下が痛いとか、
腕が重いとか上がらないとか、
力が入らないとか...
もっと言えば、
重いものを持てない、
清潔に保たなければならない、
保湿を心掛けなければならない、
過度な日焼けをしないように、
虫刺されに気をつける、
傷をしないように、
土いじりはゴム手袋をする、
腕を締めつけるようなアクセサリーや
洋服は避ける――
いろいろ注意事項はあるけれど...
おっぱいの切除部分も痛いけれど...
でも、今、
こうして生きている...って、
なんだか途轍もなく大きな
奇跡のような気がした
悲しいけれど、
乳がんで亡くなる人はいる
が、こうして生きているひとは
本当に多い
治療中は
まったく考えられなかった先のこと
今、ようやく、
“見えなかったその先”に
私はいるのかもしれない
がんでも生きられる――
今日も、夕焼けの三段活用
美しい景色
ありがたい...
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Source: りかこの乳がん体験記
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