欧州糖尿病学会誌に投稿されたこの報告です.
十二指腸より上の器官,つまり胃などは 口から摂取した食物を分解する器官です.そして十二指腸から下は『(消化されたものを)吸収する器官』です. そこで 食事(といってもブドウ糖の水溶液ですが)が吸収器官に来る前に,あらかじめメトホルミンの水溶液を流し込んでおいたところ,その注入タイミングによって血糖値の上昇がかなり異なることがわかりました.
まず血糖値の結果をご覧ください.
十二指腸の入り口にまでシリコンチューブを呑み込んでもらい,このチューブを通じて ブドウ糖水溶液を流し込みました. ただし,ブドウ糖水溶液を流し込む 60分前(Met -60min),30分前(Met -30min),及びブドウ糖と同時に(Met 0min)メトホルミンを水に溶かしたものを流し込んだ場合の結果です. Controlとは,まったくメトホルミンを使わなかった場合です.メトホルミンの量はどの場合でも同じ量(1,000mg)でした.
ご覧の通り,同じメトホルミン量なのに,メトホルミンを流し込むタイミングが早いほどブドウ糖による血糖値上昇が穏やかだったのです. 16人の被験者の測定結果の平均ですが,この差異は統計的に有意でした.つまり偶然ではなく,かなり普遍性があります.
たしかにメトホルミンにはインスリン抵抗性を改善するとか,肝臓での糖新生を抑制するなどといった作用が知られていますが,ここでみられる現象は あまりにも効果発現が早すぎます. つまりこの場合 メトホルミンは腸管において なんらかの即時的効果を発揮しているものと思われます.
この試験では,ブドウ糖注入を開始してから30分おきに 血液を採取して分析しています.その結果はこうでした.
あらかじめメトホルミンを十二指腸に送り込んでおくと,GLP-1の分泌量が増強されていたのです. そして GLP-1は膵臓に働きかけてインスリン分泌を促進するので;
実際 インスリン分泌も増えていると確認できました.だからこそ血糖値の上昇を抑え込めたのでしょう.
これで話としては,辻褄があっています.ですが,ではなぜ事前に投与しておいたメトホルミンは GLP-1分泌を促進できたのでしょうか?
通常 小腸上部に食べ物が入ってくると(たとえそれがカロリーゼロのコンニャクであっても)その刺激によりGLP-1分泌が始まると言われています[インクレチン効果 (PDF)].ベジファーストを推奨するのは この作用に期待するからです. しかし ベジファーストであっても これほど明確な作用は見られません.
そして 上のGLP-1のグラフをよく見てください. メトホルミンを十二指腸に注入した時点(-60分,-30分)では,GLP-1に変化はないのです. したがってインスリン分泌にも変化はありません. GLP-1の分泌が増えるのは,0分以降にブドウ糖の注入が始まってからなのです.
ということは 注入されたメトホルミンは,それ自体だけではGLP-1分泌促進を起こさず,ブドウ糖が流れ込んできて はじめてGLP-1分泌を促進した,ということになります.
これはいったいどういうシカケなのでしょうか? 著者はこのメカニズムについてはまったく不明としています.
この実験では,食物の消化・吸収や,メトホルミンを経口服用してから実際に腸までに到達するまでの時間差,及びメトホルミンにより食物の胃排出遅延作用という因子を予め排除するために,メトホルミンもブドウ糖も,直接シリコンチューブで十二指腸入り口に注入するという,『非生理的な(unphysiological)』方法を採用しています.現実とはかけ離れているモデル実験です.
では,この実験結果は 普通に食事を食べた場合にも,この通りに再現されるのでしょうか? もしも同様の効果が実際の食事でも起こるのであれば,これは『食後高血糖の悩ましい問題』を解決してくれるかもしれません. そこで実験してみることにしました.
[続く]
Source: しらねのぞるばの暴言ブログ
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