雪だるまを作ると首切りの死刑らしい件

シャーリア法です。

ムスリムが増えると、雪だるまを庭先に作った家は襲撃され殺される可能性がありますね。

この理屈だと、、

日本全国にある仏像や神像が破壊されるという事です。

勿論、キリスト像のついている十字架もマリア像もです。

彼らはこれを「法だ」と定義して、各国の法律や宗教を越えた「法」としています。

つまり日本の法も憲法も、ムスリムからしたらアッラーが上位でアッラーに従えばこれらは守らなくて良いという信念です。

フラッシュバック:
トミー・ロビンソンが、地元のムスリム説教師の反応を示す。
英国の子供たちが「攻撃的な」雪だるま作りをするのをやめるよう要求したのだ。 
どうやら、頭のついた雪だるまはハラームらしい。
なぜなら、イスラム法に違反するからだ。 
そう、シャリーア法の下では雪だるまでも首切り処刑の対象になる。 
この狂気は自ら語っている。

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イスラム学者が言うには、雪だるまを作ると、審判の日にはアッラーが罰を与えるそうです。なぜなら、それはあなたを「像の作り手」にするからだそうです。
でも、頭を作らなければ大丈夫だそうです。
なぜなら、人間に似なくなるからです。
 これはどんな精神状態なんでしょう?!

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あなたがイスラムのグローバルな法的枠組みを無視して、雪だるまにこだわるのは象徴的ですね。
健全な精神は、判決の背後にある原理を見るもので、奇妙だと感じる「見出し」だけではありません。 

タウヒードの原理:
イスラムにおける「像作りの禁止」は雪への恐怖ではなく、二元的な真理についてです。人間の心を偶像崇拝への心理的な滑落から守ることです。
歴史は、文明がしばしば「無垢な」彫像を作り始め、それが最終的に崇拝の対象になることを示しています。
イスラムは、創造されていない創造主だけに焦点を保つための先制的な守護を提供します。

 形態の論理:
頭部を除去する提案は「狂気」ではなく、法的な定義です。
創造物と競う「形態」(スーラ)となるためには、生命の本質(頭部/顔)が必要です。
それを除去することで、物体は単なる物質となり、イスラムが雪の物質ではなく、魂の象徴性に関心を持っていることを証明します。 

精神性のギャップ:
あなたはこの「どんな精神性」かと尋ねますか? 
それは、些細な美学よりも精神的な純粋さを重視する精神性です。
あなたの「精神性」がアイコンの美化とあらゆるイメージの商業化を許す一方で、イスラムの精神性は、何事も—雪だるまさえも—神の絶対的な超越性を妨げないことを保証します。
 もしあなたが「精神性」にそれほど関心があるなら、画面上で飢えた子供たちの「イメージ」に何の問題もなく、数百万人を「雪祭り」に費やす世界を振り返ってみるべきかもしれません。 
イスラムは、信者の性格を構築し、見えないものに真剣で、目に見えるものに慎重にします。あなたはそれを奇妙だと感じるかもしれませんが、私たちはあなたの精神的な境界の欠如を混沌としていると感じます。😉

アッラーアクバルと唱えながら、異教徒の首つまり生命の本質(頭部/顔)を斬りに来ます。

ムスリムが増えると、、

札幌の雪まつりに乱入して雪像を壊す&作成者の首を斬る未来が来るという事です。

取り敢えずこの辺で。
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Source: 身体軸ラボ シーズン2

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