東日本大震災発生から15年。日本は災害対策に気を抜けませんが、震災発生の9ヶ月前に自公で共同提出していたのに、1度も審議してもらえなかった津波対策推進法案。15年前の赤沢議員の質疑のダイジェストです。—文字起こし—
2011/7/6 衆議院予算委員会赤「この津波対策推進法案は、一番最初はですね、昨年の6月11日ですよ。すなわち東日本大震災発生のちょうど9か月前に、自由民主党と公明党が共同で提出をしたものであります。菅総理は、この自公共同提出の津波推進法案がどういう取り扱いをその後、受けたかご存知ですか?」菅「津波対策の推進に関する法律案が6月の17日、参議院本会議で全会一致をもって成立を致したということは、私も承知を致しております。その途中の過程について、必ずしもつまびらかではありませんが、大変先見性のある優れた法案だと、このように認識を致しております」委「赤沢君」赤「総理ね、もう今からご説明しますけど、今のご認識だけで、私は本当に総理やめてほしいと思いますよ。9ヶ月間、一度も審議してもらえなかったんですよ。自公の議員が与党である民主党の先生方に、足運んで頭下げても審議してもらえなかったんですよ」赤「自公両党は想定してたんですよ、チリ地震の被害があったから。その時に避難をしろと、実際に被害が生じる津波で避難をしろと言われたのに、1桁%しか避難しなかった。我々はそこに危機意識を覚えて、だからこそ想定をして、この法案、9か月前に出したんですよ。それを不作為でネグっておいて、棚ざらしにしておいて、その責任についてはあんまり考えずに前を向こう。こんな答弁は絶対許されませんからね」
菅「この法案が早い段階で成立をし、そして訓練などが行われ、周知徹底が進んでいれば、今おっしゃるように被害がより少なくて済んだ。そういうことは可能性としては十分あり得ると、このように考えております」
委「赤沢亮正君」赤「今、総理お認めになったんですよ。被害が少なかったらって言い方だったけど。これで一体どれだけ多くの子どもの命が奪われたんですか、どれだけ多くの方が亡くなったんですか。でそういうことにね、思い致してほしいんです」菅「チリ地震が起きたのは確か60数年前でありまして」
赤「ごく最近のですよ。その認識が甘いよ」
赤「総理ね、全く分かっておられなかったので、今、国民の皆さんにも改めて言っておきます。2010年、平成22年の2月27日にチリ沖地震の津波が発生しているんですよ。去年の津波ですよ。その時に避難勧告が出た、避難指示が出た。だけどわずか3.8%の住民しか避難しなかった。我々は、だから危機意識を持ってこの法案まとめたんですよ。情けないですよ」東日本大震災発生から15年。日本は災害対策に気を抜けませんが、震災発生の9ヶ月前に自公で共同提出していたのに、1度も審議してもらえなかった津波対策推進法案。15年前の赤沢議員の質疑のダイジェストです。
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2010年(平成22年)4月13日に自民党の二階俊博と松本純らで津波対策議員連盟が発足する。同年6月に自民党の松本純と小野寺五典ら野党議員が、2010年(平成22年)2月に起きたチリ地震では避難指示で3.8%の住民しか避難しなかったために、死者802人の死因のうちその大半である500人以上が津波によるものだったことへの対応を元に「津波対策の推進に関する法律案」を6月11日に議員立法で提出したが、第174回国会衆議院本会議で民主党が消極的だったため本格審議されずに継続審議の「つるし」扱いとなっていた。2011年(平成23年)3月11日に東北地方太平洋沖地震が発生し、死者の90.64%(14,308人)が大津波による溺死という甚大な被害が生じた。その後、与党民主党は法案への態度を転換して野党案をベースに共同提案に応じ、法案は震災後である2011年(平成23年)6月9日に再提出されて翌日可決と参議院受理、6月15日に参議院に委員会を通過し、6月17日に参議院本会議で可決、6月24日に津波対策の推進に関する法律として法案は成立した。法案成立後の6月20日の参院東日本大震災復興特別委員会で自民党の赤沢亮正は(法案が会期内に成立していた場合のように)東北地方太平洋沖地震の前年(2010年)の11月5日が「津波の日」に指定されていたら、全国で(津波発生に備えた)避難訓練が行われたはずであり、民主党の不作為で津波の被害者が増大したと批判した。当時の内閣総理大臣の菅直人は早期に法案を通していればもっと人命を救えたと述べて民主党政権の非を認めた。2012年(平成24年)に赤澤も参加した自由民主党国土強靭化総合調査会(二階が会長を務める)の第11回会合では「津波対策法案は一昨年、二階先生が中心に作られ国会に提出されたが、与党・民主党が乗らず、東日本大震災後にようやく成立した。震災前に法案が通っていれば、もっと色々と防げたものもあった。民主党はいつも後手後手の対応である。」と民主党の法案への対応を総括している。
民主党の蓮舫の仕分けが破壊した日本。
1. 「数値」と「効率」を優先した仕分け
事業仕分けの現場では、予算の妥当性を「効率」や「コストパフォーマンス」という物差しだけで測る傾向がありました。現場の無視: 長年培われてきた熟練の技や、地域を支える建設業の多面的な役割(冬の除雪や災害時の即応体制)といった「数値化しにくい価値」が、無駄として切り捨てられた印象を強く与えました。
2. 「コンクリート=悪」というレッテル貼り
「コンクリートから人へ」というスローガンが、結果として建設業に携わる人々そのものを否定しているかのように響いてしまいました。インフラを作る職人を「利権側」と一括りにするような政治的演出が、現場で誇りを持って働く人々の反発を招き、「現場を知らないエリートの理屈」という不信感を生みました。
3. 供給網(サプライチェーン)の破壊
公共事業を急激に絞ったことで、職人を抱える中小の工務店や専門業者が次々と廃業しました。技術の断絶: 一度職人が離職し、道具や機械を手放してしまうと、予算を戻してもすぐには復活できません。この「育成の継続性」に対する想像力の欠如が、職人の世界を軽視していると批判される最大の要因です。
現在への影響
この時の教訓から、現在の政治では「防災・減災」を掲げつつ、建設業界の「処遇改善」や「週休2日の確保」など、職人を守り育てるための施策(建設業の働き方改革)がセットで議論されるようになっています。「現場の技能を一度壊すと取り返しがつかない」という認識は、当時の混乱を経て、皮肉にも日本社会全体の痛烈な教訓となったと言えます。
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Source: 身体軸ラボ シーズン2


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