今日は
一滴の水くんの童話から始めます。
一滴の水くん。
あるところに
一滴の水くんがいました。
その水くんは
川を流れるうちにエネルギーが増していき、
自分は他の水よりも偉いと
勘違いするようになっていきました。
そして
もっと偉くなりたいと思いはじめたのです。
水くんは
同じ水同士で
優劣を区別するためには
エネルギーを独占すればよいと考えました。
そこで
川にいた他の水くんたちを
池に誘導していきました。
「おーい、みんな川の中よりも池の中は安全だよ。」
安全安心を求めていたので
水くんの言うことに従い
池の水となりました。
何事も起きない平穏無事な人生。
たしかに
全く動かない水さんたちは
知らないうちに失われてしまいました。
水くんは
教育します。
水くんにとって都合がよいと思ったのです。
そして活力も思考力も失った水たちは
水くんの言うことに従っていきました。
そして
池から出て
川に流れていく水たちを批判するようになりました。
いつのまにか
水本来の自由さを忘れてしまい
一か所に閉じこもることが安全だと
信じてしまったのです。
本来
自然界の水は
本来の姿ではありません。
でも
池の中だけに慣れてしまった水さんたちは
すでに
そこから出ようという気力もエネルギーも
失われていました。
でも
新しく池に流れ込んできた水さんたちの中には
ずっと池の動かない水でいることに
疑問を感じ始めていました。
つづく・・・
お話はここまで。
一滴の水くんが
自分は偉いと勘違いしたり
優越感を持ちたいと思うことは
人間でもよくあることです。
水くんは
自分の狭い見識によって
エネルギーが有限だと思い
自分が他の水さんよりも、より多くのエネルギーを溜めておきたいために
すべての水さんたちとエネルギーを分け合うよりも
他の水さんたちのエネルギーを奪うことを考えてしまいました。
この宇宙は
「天の理(ことわり)」で動いています。
その一部に、
物質世界に独特な地の理(ことわり)があります。
水くんは残念ながら
地の理が宇宙のすべてだと勘違いしているようです。
地の理では、
何かを二つに分けると半分になります。
百つに分けると、百分の一になります。
でも
その背後にある天の理では
天の理にかなったものを、
二つに分けると二倍になり
百つにわけると百倍になります。
地の理では
他者のために何かをするときに
自分だけが物質的に貧しくなってしまうこともあります。
天の理では
他者のために何かをすると
自分も他者も一緒に豊かになります。
地上では
ほとんどの人は
地の理は認識できますが
その裏で大きく働いている天の理は
全く認識できていません。
だから
水くんのように
地の理だけで動くと
しだいに利己的になってしまうのです。
水たちが
ずっと池の水のままで留まっていてはいけません。
池から出て
川に流れ
滝を下って
海に出てみる
その体験の中で
小さな地の理の背後にある
大きな天の理を感じ取っていくのです。
そして
自然界からエネルギーをたくさんもらえます。
時には「滝の水」のように冒険してみる。
滝の写真。
よくみるとくねくねの虹が見えます。
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Source: ひかたま(光の魂たち)
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