十数年前、国家試験に合格したくさんの医学知識を携えて始まった研修医生活。
しかしそこで直面したのは非情な現実だった。
点滴のオーダーのやり方すらもわからない状態で投げ出された内科の病棟。
医学知識なんてまったく役に立たず、必要とされなかった。
そこでもっとも重要なのは「指導医に気に入られるスキル」だった。
今回は医者に必要なスキルについて考えたこと。
かわいがられる能力
研修医のときに出会った内科医medtoolz先生のブログ「レジデント初期研修用資料」。
学生の時に勉強することと、実際の医療で必要とされることはまったく異なっている。
研修医になったばかりの頃、臨床現場の理想と現実のギャップに苦しんだ。
「患者さんのために」とか「患者さんの話をよく聞きましょう」とか…
そこには研修医の現実が赤裸々に綴られていた。
医学知識をいくら豊富に持っていても、それが役に立つのは3年目以降で、研修医の評価対象にはならない。
いくらまじめに勉強してきたところで、実地の臨床で必要な知識といわゆる「医学知識」とは全く違う。
逆説的だが、病理や生理の知識が役に立つのは病棟業務が落ち着いてこなせるようになった3年目以後のこと。
1年目や2年目のうちはそうした知識をいくら豊富に持っていても評価の対象にはならない。
研修医の評価システムの中で必要なのは「優秀さ」ではなく、「かわいがられる能力」である。
優秀な奴でも些細なことで潰される。潰されない研修医とは、すなわち上級生にとって「かわいい」研修医だ。
「かわいい」という生存戦略は、人間社会独自のものだ。「優秀である」必要は無い。
優秀な研修医、熱心な研修医というのは、かわいく振舞った奴に与えられる上級生の評価である。
medtoolz先生の記載は的を得ていた。
かわいがられる能力が乏しい自分はかなり苦労したが、なんとか臨床研修を修了。
医学知識が役に立つステージに進むことができた。
しかし「かわいい生存戦略」からは逃れることができなかった。
研究とかわいがられるスキル
自分もかつて基礎研究を行って、アカデミアの世界の入り口を少しだけ覗いたことがある。
そこで学んだのは、やはり「かわいがられるスキル」が重要なのだということ。
自分だけでできる仕事なんてたかがしれている。
重鎮の先生方に顔を覚えてもらい仲良くなるのが研究で一番大切なことで、そう指導もされた。
学会で一番重要なのは懇親会なのだ、と。
アカデミアとは、どれだけ人脈を広げていくかを競うゲームなのだと感じた。
優秀さが必要とされるのは、おそらくその後である。
著名な研究者はみんなコミュニケーション能力が優れていた。
人脈を広げるのが好きな人でないとやっていけない。孤高の研究者なんて人は存在しない。
組織で生き抜くためのスキル
有名なピーターの法則では、組織の中での昇進には2つの方法があるとされている。
- 自分を高めての「押しの昇進」
- 上司から引き上げられての「引きの昇進」
ピーターは①ではなく②を目指すべきだと説いている。
引き上げられる確率を高めるために複数のパトロンを見つけておく。
そして上司が引き上げられる限界を迎えれば、そのパトロンからは離れ別のパトロンに頼る。
組織の中で出世していくためには権力者に気に入られる「かわいがられる力」が必須である。
またこれを「ジジ殺しのスキル」と呼んでいる人もいて、なかなか本質をついていると思う。
ジジ殺しのスキルが大事。僕の人生のKPI(主要指標)は、「あいつは俺が育てたんだ」って言ってくれる「じじい」が何人いるかだと本気で思っています。
場を読んでキーマンを見つけてその人に可愛がられるスキル。突破するスキル。そこに「奇跡の抜け道」があるはずなんです。
ジジ殺しのスキルが最重要なのは、組織に属している以上医者も例外ではない。
まとめ
多少努力はしてみたが、結局自分は研究の世界からは退場してしまった。
まあ苦手なことはさっさとあきらめてしまうのも一つの方法だと、自分を納得させている。
(自分の能力不足への言い訳でもある)
逆にかわいがられるスキルを持つ人は、組織内での出世で非常に有利な立場にある。
そんな人たちがしのぎを削る世界を、自分は羨ましく眺めている。
ただしそれだけで出世していった人の「悲惨な末路」を目の当たりにすることもあるのだけど。
▼medtoolz先生のまとめはこちら▼
学生の時に勉強することと、実際の医療で必要とされることはまったく異なっている。
研修医になったばかりの頃、臨床現場の理想と現実のギャップに苦しんだ。
「患者さんのために」とか「患者さんの話をよく聞きましょう」とか…
Source: 皮膚科医の日常と趣味とキャリア
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