食事療法の迷走[24] 食品交換表 第5版~第6版の間には

1993年に『日本食は理想の健康食』を前提として,食品交換表第5版が発行されました.
しかし その翌年 米国糖尿病学会が『万人に共通した栄養素比率など存在しない』と声明を出して,『あれれ?』となりました.

その後 日本糖尿病学会はどうしたのか,食品交換表第5版の翌年1994年から,第6版が発行される2002年までの動きを振り返ってみます.

糖尿病学会の動き

毎年の学会(年次学術集会)では,記念講演的な「特別講演」「招待講演」などもありますが,やはり学術討議の舞台は,「シンポジウム(Symp)」「ワークショップ(WS)」「パネルディスカッション(PD)」です.1つのテーマ又は分野を取り上げて,関連する多数の講演が行われ,多くの場合,会場聴衆も交えたディスカッションが行われます.いかにも医学学会らしい催しの一つです.なお,以下では何度も出てきますので,Symp/WS/PDの略語だけを使います.また 『JDS』は日本糖尿病学会(The Japan Diabetes Society)です.

なお最初に結論だけを申しますと,この期間に日本糖尿病学会では,食事療法に集中したシンポジウムは1回行われただけです.

JDS37(1994年)

Symp.1 『日本人の糖尿病,欧米人との対比』

日本人と欧米白人の糖尿病は様相が異なること,日本人にはインスリン分泌不全が多く,欧米人にはインスリン抵抗性が多いことを確認しています.その差は遺伝的素因も考えられるものの,ハワイや米国西海岸に移住した日本人が,欧米型のインスリン抵抗性糖尿病を多発することから環境要因も大きく,日本でも,今後『食を含めた生活習慣の欧米化』によりインスリン抵抗性が増加すると予測しています.

JDS38(1995年)

Symp.1 『糖尿病におけるインスリン分泌の今日的問題』

文献をあわせて考えると、NIDDMでは高インスリン血症の時期を経てから糖尿病を発症するもの(A)と、明らかな高インスリン血症を来さずに発症するもの(B)とがある。日本人、韓国人のNIDDMの多くは(B)に属する.

まだこの時点では,日本の糖尿病はインスリン分泌低下 又は 遅延から始まるものが主体であって,米国のようにインスリン分泌亢進から始まることは少ないという認識でした.

JDS39(1996年)

Symp.2 『インスリン作用の異常とNIDDM』

冒頭で,『日本の2型糖尿には,2つのインスリン作用の異常(=インンスリン分泌不全とインスリン抵抗性)がある』とは述べられているものの,それ以降のほぼすべてはインスリン抵抗性のみを取り上げています.インスリン抵抗性の病理・発症機序・遺伝子機構の解明・モデル動物実験結果などです.

JDS40(1997年)

Syn1 『多因子疾患としてのNIDDM-インスリン分泌障害とインスリン抵抗性をもたらす諸要因-』

タイトルの通り,この頃までは インスリン不足タイプとインスリン抵抗性タイプとは,まだ並列で取り上げていました.しかし これ以降,徐々にインスリン分泌不足型はあまり登場しなくなります.このシンポジウムでは,日本人の2型糖尿病を なんとか遺伝的機構で説明できないのかとの観点の講演が多数行われています.

JDS41(1998年)

この年だけに限りませんが,1990年代から膵β細胞の分子化学的研究の報告が非常に多くなっています. 糖尿病モデル動物やノックアウトマウスなど,動物実験手法が充実してきたので,人間では不可能な生化学的実験が行いやすくなってきたからでしょう.

なお ,WS6 『患者教育』では 教育の一環としての食事指導が取り上げられています.ただし主として栄養教育の方法論であって,食事療法の中身にふれず,食事指導が実際にはどう行われているのかという実態報告です.食事療法指導には主として食品交換表(当時は第5版)が使われているが,参考程度,又はまったく使っていないところもある[比率データなし]とのこと.

さらに この年には 日本病態栄養学会が発足(前年の1997年に研究会としてStart)しています.この学会設立に奔走した,同学会 清野裕 理事長は,この記事にも書いたように;

当時の病院での療養食と言えば,ただ疾病名だけを見て 一律に同じ食事を出すだけだったので,これではいけないと思った,患者の病態の応じて最適の栄養指導を行うべきだ.だから『病態栄養』学会という名称にした.

第23回 日本病態栄養学会 年次学術集会 清野裕 理事長

と回顧して,当時は糖尿病に限らず すべての病気で画一的な食事療法が行われていたことを証言しています.

JDS42(1999年)

この年に糖尿病の診断基準が改訂され,それまでの空腹時血糖値が140以上であったのを 同126以上としています. これにより糖尿病と診断される人が多くなったわけですが,意外なことに『糖尿病の見逃しが多くなる』と懸念する声もありました.というのも,それまでは糖負荷試験(OGTT)による判定をを正としていたので,OGTTを行わず空腹時血糖値だけで診断してしまったら,空腹時血糖値は正常,OGTTではアウトの人が見落とされてしまうという理由です. 今でいう『かくれ糖尿病』を危惧する医師もいたのです.

この診断基準改定に関連してSymp.やPDが多数行われています.

そして1994~2002年の期間としては,唯一 食事療法についてのシンポジウムが行われています.

Symp.1 『食事療法の新しい展開』

緒言を含め,4本の講演がありましたが,

  • 緒言 食品交換表編集委員会より
  • 食事療法によるQOLの改善
  • 食事療法の効果的指導法
  • 食事療法へのインターネットの導入― 食品交換表のコンピューター化―

食品交換表を,どのようにして患者に正しく理解させ,実行させるかという方法論が主体で,コンテンツには触れていません.

JDS43(2000年)

Symp.1 インスリン抵抗性と糖尿病― 病態・成因・対応―

インスリン抵抗性は ほぼ毎年取り上げられていますが,インスリン分泌不全型は総論としても登場しなくなってきました.このシンポジウムの座長の冒頭発言からも;

2型糖尿病の成因として,インスリン抵抗性が重要な役割を担うことは,経年的な臨床的データからも明らかにされている.

当時の認識がうかがえます.

JDS45 (2002年)

全編 英語で行われたこのシンポジウムが圧巻です.

Symp.12 Obesity and Diabetes [肥満と糖尿病]

全部で11本もの講演が行われ,各国の 小児を含めた肥満の実態と,肥満の成因,肥満のメカニズムが第一人者により解説されています. 世界的に増える糖尿病は すなわち肥満の問題であり,肥満を解明・解決することが糖尿病の根治治療に結びつくのではないかという期待があったようです.


以上駆け足で見てきた通り,肥満が高血圧・糖尿病・高脂血症,つまりメタボ症候群を生んでいるという世界的な認識から,糖尿病=肥満=インスリン抵抗性が,最重点課題になったのがこの期間でした,最初の頃はインスリン抵抗性と並んであげられていたインスリン分泌不全型の糖尿病については,この流れに押されてほとんど とり上げられなくなりました.

[25]に続く

Source: しらねのぞるばの暴言ブログ

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