「全日本というのはトップオブトップ。才能を秘めた彼女たちに、バレー以外の能力も開花させてやりたい。岩坂がいい見本。大人しくて人の陰に隠れていたような選手が、今や背中を見せチームを引っ張っている。心から頼もしいと思う。人は環境によって変わる。だから上に立つ人間は、若い人に出来るだけ多くのチャンスを作ってやることが大事」
今期のVリーグ期間中、20歳の黒後(くろご)愛に会った。元気がないので「どうした?」と声をかけるなり「久美さん不足です」と、まるでビタミン不足のように言った。黒後も中田に日本のエースに育てられた。
「心が折れそうになっていた時、久美さんに呼ばれたんです。色々話しているうちに視界がクリアになり、なんか体の底からふつふつと湧き上がってくるものがあった。久美さんは凄い人なのに、私の目線で話してくれる。だから久美さんの顔を見ないと、なんか自信が持てなくて」
中田の選手指導のきめ細やかさは、日本バレーボール協会女子強化委員長の寺廻太(てらまわりふとし)も舌を巻いた。90年代後半に全日本男子監督だった寺廻はその後、女子チームのJTマーヴェラス、PFUブルーキャッツの監督を務めた。
「Vリーグで中田率いる久光に勝てなかった理由が、彼女の指導ぶりを目の当たりにしてやっとわかった。あの緻密さは、女性だからというものではなく、艱難辛苦を舐めつくしてきた中田だから可能なこと」
そしてこうも言った。
「かつて中田は好き嫌いが顕著だった。苦手な人がいると食事の席でも中座するほど。でも今は、彼女の中から好きや嫌いという感情が完全に消えていると思う。“私”がない」
– – – -中略- – – – –
中田がこの2年半、全日本に渾身の力を注いできたこともあり、ひ弱だったチームが戦う集団に変貌を遂げた。それでも中田は、選手に全身全霊で向かい合ったにも拘わらず、選手にかけた自分の言葉がその選手にとって適切なものだったかどうか自信を持てないでいた。そのため、昨年の世界選手権が終わってすぐ、東京大学EMP(エグゼクティブ・マネジメント・プログラム)を受講。東京大学EMPは、東京大学の持つ知の資産を横断的に活用し、最先端の思考能力を身に付けた人材を育成しようと8年にスタート。東大で教鞭を執る教官を中心にノーベル賞候補にもなるような各分野のトップランナーが、企業の管理職、中小企業経営者、官僚など将来の日本を担う40代の受講者25人に、180コマを講義する。
中田に教科書を見せてもらったことがある。素粒子物理学、情報通信工学、イスラム政治思想、銀河天文学、中国哲学、言語脳科学、ゲノム科学……。
世界選手権を戦い抜き、つかの間の安息を求めてもいいはずなのに、すぐさま脳が沸騰するような環境に身を置くのは、フチ子さんらしい選択だった。教科書に目をやり言う。
「はっきり言って難しい。でも、私は選手の人生を預かっているわけだから、適切な判断をし、最適な言葉をかけてあげたい。それに試合で今一歩勝ち切れないのは、選手の問題ではなく私の指導が間違っているのかもという不安があった。だから私自身が全方位的に知識をつけ、自信を持って指揮したかった」
– – – -中略- – – – –東大EMPの立案者で、東京大学、ハーバード大学デザイン大学院、マサチューセッツ工科大学経営大学院修了後、マッキンゼーの東京支社長などを歴任した横山禎徳は、ハーバードやスタンフォード大MBAの上を行く授業を目指したという。そんな授業に中田は必死に食らいついた。横山が言う。「中田さんは同期の中ではかなり優秀だった。他のビジネスエリートたちは現象面を捉えるのは的確だがその先がない。その点、中田さんは課題設定が鋭く、思考軸も他の人のように日本ではなく世界。若い時から思考訓練を相当重ねてきたことがすぐ分かりました。いつも一番前の席に座り熱心に聞いていた。スポーツ界では初めての受講者です」
Source: 身体軸ラボ シーズン2
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